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【おすすめ BOOK】1冊で学位 芸術史

 

1冊で学位

芸術史

大学で学ぶ知識がこの1冊で身につく

 

ジョン・フィンレー

上野正道 = 監訳

名取祥子 = 訳

ニュートンプレス

2021年


注:学位が取れるわけではありません。 でも、日本にはない授業を受けたような充実感。

 

「1冊で学位」、、、すごいタイトルがキター。念のため補足ですが、本書を読了したからといって学位が授与されるわけではありません残念。同等の知識を得られる、という意味です。

 

私は早稲田大学第一文学部の史学科美術史専修をむかーしむかしに卒業していますが、個人的に「学び直し」の必要を感じておりまして、美術史・芸術史の書籍を読んだり、一般社団法人美術検定協会の美術検定の勉強をしています。2022年に2級・3級と同時受験し無事合格しましたが、難しかったです。この美術検定に関してなども別の機会に記事が書けたら良いなと思っています。

 

そのような流れで手に取った本書ですが、前述の美術検定の参考書やいわゆる日本の学校で習う「教科書的な美術史」とは少し違った角度から芸術史が解説され、本書を軸に深く掘り下げて行こうと思える入門書でした。著者のジョン・フィンレー氏はフランス史、主に20世紀のモダンアートを専門とする歴史家で、イギリスのエセックス大学で美術史と芸術史を学び、ピカソ研究に従事し、ロンドン大学美術研究所で文学修士号と博士号を取得されています。

 

これは持論なんですが、何か学びたい対象がある場合、違った角度からアプローチすると格段に理解が深まります。同じ角度からの異なる解説は「足し算」のイメージですが、少し違った角度からの解説は「掛け算」をした、というくらいに理解の深度の体感が違ってくるんです。その意味で本書は大変おすすめです。日本人の著者による「入門書」は基本としてのいわゆる「教科書的な美術史」に沿ったものが多いですが、例えば本書の目次を以下に書き出すと

 

第1章 「ものの見方」アートへの視覚的分析の導入

第2章 氷河時代のヨーロッパにみる芸術の起源

第3章 イタリアのルネサンス — 1260〜1490年のトスカーナ美術

第4章 アートを通じて考える — 美術史を理解するのに理論が必要な理由

第5章 17世紀のオランダ美術と文化を紐解く

第6章 17世紀 — スペイン美術の黄金時代

第7章 芸術理論 — 現代芸術論の原理

第8章 ロココから革命へ — 啓蒙時代のヨーロッパ美術

第9章 19世紀美術 — 1765〜1840年のロマン主義

第10章 1848〜1904年のフランス美術

第11章 モダニズム — 1906〜1936年のフランス美術

 

となっています。まず理論、そして氷河時代が年代毎に分かれて解説され、中世やゴシックの解説は無しにルネサンスに入り、その後はバロックという括りではなく、理論を挟んで「オランダ」「スペイン」と進む、、、。個人的にはこの「オランダ」「スペイン」の、歴史的、宗教的背景を含めた解説がとても勉強になりました。全体を通して西欧に特化している感はありますが、むしろ、西欧の美術史は西欧人に教えてもらうのが最適だと再認識出来ます。各国の戦争の歴史とキリスト教的考えの基本がないと読み解けないのが西欧の美術史です。ルネサンス、バロック、ロココ、新古典主義、ロマン主義、写実主義、印象主義、後期印象主義、象徴主義といった流れはありつつも、第3章:イタリア、第4章:オランダ、第5章:スペイン、第8章と第10章:フランスというように国別の解説がなされているのも理にかなっているのかも知れません (第11章のサブタイトルはフランス美術となっていますが、モダニズムということもあって他国を含めた流動性が感じられたのでここでは挙げません) 。例えば、ロマン主義における傾向の違いやバラつきはどうにも「〇〇主義」で括ることの限界を感じます。このことについては著者も第9章の冒頭で「ロマン主義を一つの明確なムーブメントと定義づけられるかどうかは議論の余地があります。 (『1冊で学位 芸術史』第9章より抜粋)」としています。まぁ、私たちも日本の美術史の一時期と、中国や他アジア各国の美術史の一時期とを一括りのムーブメントでは語りきれないのはよく理解出来ます。

 

そのようなわけで、本書は、1冊だけでは美術検定などの試験対策としてはフィットしないものではありますが、併せて読むべきものと思いました。もちろん、試験対策ではなく知識を深めるための1冊として非常におすすめです。

 

 

 

「本書を軸に深く掘り下げて行こう」と思った、、、? じゃあ、やろう。

 

先ほど私はつい書いてしまいました、「本書を軸に深く掘り下げて行こうと思える入門書でした。」と。そうね、じゃあやろう。

 

なぜ「本書を軸に深く掘り下げて行こう」と思えたかと言うと、特に日本で教わる「教科書的な美術史」には載ってこないであろう以下の章、

 

第1章 「ものの見方」アートへの視覚的分析の導入

第4章 アートを通じて考える — 美術史を理解するのに理論が必要な理由

第7章 芸術理論 — 現代芸術論の原理

 

この部分が本当に知りたい部分だったから、というのがあります。この「理論」を軸にした章には様々な時代の哲学者や美術批評家の名が出てきます。もちろん、各々の理論の内容にも簡単に触れています。しかしながら、「入門書」としての本書は各理論に本当に軽く触れるに留まるしかなく、言い回しも難解でよく理解出来ずに終わりました。この部分こそが「教科書的な美術史」に圧倒的に欠けている部分だと認識したのです。

 

少し脱線しますが、例えば「インターナショナル・アート・イングリッシュ」の問題があります。「インターナショナル・アート・イングリッシュ」とは、『コンテンポラリーアートライティングの技術』でもページを割いて揶揄されていた「悪い批評」に見られる不可解で意味をなさない言い回しを指し、アーティストのデイヴィッド・レヴィーンと社会学博士課程の学生アリックス・ルールによる2012年のエッセイのタイトルです。→参考: international art english 

 

私も以前に感じたことですが、「美術批評ってなんであんなに意味不明なんだ、、、?」というような現象が英語圏でまず先に起こっていたということです。

 

この現象の原因として、前述のエッセイの中では『October』誌の批評の登場が挙げられています。『October』誌はアメリカの MIT Press (マサチューセッツ工科大学出版局) が出版する季刊美術理論誌で、芸術批評の最前線を自負しています。芸術批評を純文学的なものとして扱うのでなく、厳格な解釈の基準を求めた『October』誌の編集者たちはフランスのポスト構造主義のテキストを読者に紹介しました。 international art english のエッセイで言及されている詳しい変遷についてはここでは省きますが、結果、フランス語やドイツ語などの特異な言い回しや長文といった構造の、内容よりも言語の作法が、ある種「権威づけ」となって世界に氾濫していく過程があったということです。

 

やや、話が逸れましたが、昨今の難解な美術批評を読むためには哲学や美学的なアプローチが欠かせなくなっています。「インターナショナル・アート・イングリッシュ」に席巻された世界中の批評にぶち当たっても、より本質的な理解があれば、真に読まなければならない部分も自ずと見えてくると思うのです。では哲学は何を学べば良いでしょうか? 先に挙がったフランスのポスト構造主義でしょうか? ではそのポスト構造主義が継承していると言われる思想や、逆にアンチテーゼを突きつけているという思想は何でしょう? 一体どこから始めようか、、、?

 

ということで、この本書『1冊で学位 芸術史』の「理論」の章に登場する哲学書や美術批評が結びつき、順に追っていこうという指針を打ち立てて見ました。今後【おすすめ アート本】記事で紹介していこうと思います。当サイトはあくまでも「感想」を載せていますが、アートを楽しむためには色々なことが複雑に絡み合っている現状を無視することは出来ません。今後の【おすすめ アート本】記事にも興味を持っていただければ幸いです。

 

 

 

餅は餅屋! 西洋美術史は西洋人に訊こう!

 

以上の理由から、本書は未だ「何だかんだと西洋が中心の美術史」を学び直すのに非常に役立つ入門書でした。少し頭をよぎるのは、日本で入門とされる「教科書的な美術史」がすでに形骸的なものとなっていて現在の西洋で学ばれているカリキュラムから少し乖離している可能性です。「教科書的な美術史」は基本中の基本として有用と思いますが、明治時代に輸入された石膏デッサンを、作品として仕上げることを美大の受験科目に採用し続けた日本、というような乖離が、アートヒストリーの分野にも起こっているような嫌な予感をわずかに感じる読後感でした。

 

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(略) 理論という言葉は、科学者が仮説の正しさを裏づけようとする試みと関連しています。何らかの治療法や原因を特定するため、あるいは「真実」という明確な答えにたどり着くため、研究者は臨床試験を行ったり、研究所が定める手順を踏んだりするでしょう。こうしたプロセスには、ある程度、自然と答えが導かれる地点があります。美術史における理論の役割はこれとは異なりますが、それでも実験科学との類似点はあります。(中略) それは芸術、文化、人間の体験に関する数多くの観念を表しているため、たった一つの科学的な目的地点というものは存在しません。美術史に関していえば、観念というものは改正や修正を拒みません。だからこそ、さらなる仮説、分析、調査へとつながるのです。美術史家の目的が芸術的なオブジェや文化的な慣行の解明であることを踏まえると、美術史には単一または具体的な「真実」というものは存在しません。(略) 

 

(『1冊で学位 芸術史』第4章より抜粋 )

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芸術史という学問が巨大で成長し続ける怪物であると再認識しつつ、しっかり段階を踏んで少しでも仲良くなろうと決意を新たにした1冊でした。さらなる深みにハマったことで、裏表紙に図で示された「この本を読み終えるころには、次のような質問に答えられるようになるでしょう。」と書かれている初めの1箇条「・絵画の見方とは?」からして、全くもって答えが見つからない状態ですが (苦笑) 、ぜひ、ご一読をおすすめします。

 

 

 


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