「echo chamber」
会 期:2022年11月3日(木) - 2022年11月27日(日)
時 間:12時-19時
休 廊:月
場 所:EUKARYOTE
出展作家:菅原玄奨、椿野成身、LILY NIGHT
展覧会URL:
「echo chamber」というタイトルのグループ展をEUKARYOTEさんで観てきました。エコーチェンバー現象とは、SNSなどが活用しているAIによって、自分と似た意見や自分の嗜好に沿った情報が偏ってもたらされることにより、まるで自分の意見や思想が不特定多数から賛同や共感を得ていると錯覚し、その意見や思想が増幅してしまう現象のことを言います。小部屋 (チェンバー) の中で音が反響 (エコー) し増幅して聞こえる物理現象に例えて命名されています。
本展ではその現象を逆説的に捉え、菅原玄奨さん、椿野成身さん、LILY NIGHTさんの 3名からなる自律した作品群をギャラリーというチェンバー内に展示することで、どのような反響が生み出されるのか、鑑賞者はどう捉えるのかを試みる展覧会となっています。
1階
「no name #1」- 菅原玄奨
菅原玄奨さんは1993年生まれ、東京造形大学大学院造形研究科修士課程彫刻専攻修了。FRP (繊維強化プラスチック) や粘土を主な素材とし、「テクスチャーと触覚性」 をテーマに彫刻作品を発表しています。消費社会を思わせるファッションを身に纏った人物や、既製品を象った色のない作品群は「匿名性」が強調され、変遷していく時代を客観的に捉えることを促しているように思います。
「no name #1」(別角度より撮影)
現在〜未来を思わせるファッション。
「no name #1」(部分拡大)
、、、と思いましたが、アームウォーマーやヘソだしって以前にも流行ったような、、、?
袖のカットなどは今っぽい気がします。
「no name #1」(部分拡大)
影もかっこいい。影が最大限に映るよう台座も工夫されている、と思いました。影のグレーを見ていると、像がグレー色なのも影のイメージに繋がり「匿名性」ということに意識的になります。特定の誰でもない、よくいる人、見たことがある人。ちょっと未来的な感じも受けたので、頭の中に持っている未来ファッションのイメージ像でもあります。
「no name #1」(部分拡大)
未来的とは言いましたが、例えばサンダル部分だけ取り出してみると、90年代に流行した厚底のイメージに重なります。EUKARYOTEさんの Information に「昨今のユース・カルチャーや表象文化に見られるリバイバルブームに着目し、その典型的なフォルムの人物像」とあるので、リバイバルファッションの要素が散りばめられているようです。
「untitled #4」- 椿野成身
椿野成身さんは1995年生まれ、京都造形芸術大学大学院芸術学部ペインティング領域油画コース修了。都市の一角や工事現場といった現実の風景と、記憶の中に存在する風景の共通点を抽出するような形で「記号化」し、さらに「記号化」された断片を画面上に複数介在させることで、日常から切り離された空間を表現しています。その空間は鑑賞者の記憶の中へと接続されることによって、新たな実態のない風景の断片を生み、連鎖していくことが目論まれています。
「untitled #4」(別角度より撮影)
個人的には、建物の地下部分にある、大型トラックが出入り可能な駐車場の、エレベーターの入り口、を想起しました。
想起するものは、人によって違いそうで、かといって全く異なることもなく共通部分もありそうで興味深いです。
「gray space」- LILY NIGHT
LILY NIGHT さんは1988年生まれ。ストレート写真という、画面構成についての演出、ぼかしや合成といった技巧を用いず、ファインダーに捉えられたあるがままの被写体を撮影した写真表現から初め、ドローイングやペインティングといったアナログ表現をデジタルに変換し操作を加えた作品、複数の画像から断片やレイヤーを切りとり再構築した作品など、アナログとデジタルを横断する手法を通して、個人的な記憶と集団的な記憶との関係性について問う作品を発表されています。
「gray space」(別角度より撮影)
夜のプールサイド、という場面を連想しました。「gray space」というタイトルから、ひょっとしたら人間の無意識を表しているのかも。
「gray space」(部分拡大)
水面の表現に見えますが、超音波のエコーのようにも感じられる。広大な海に例えられた他者との共通意識と捉えることも出来そうです。
「gray space」(部分拡大)
実物のほうが分かりやすいですが、レイヤーが重なっているように層になっています。意識の層といったように、やはり脳内を表しているのでしょうか。一方で特定の場所、どこかの都会的なナイトプールにも感じられるから不思議です。
個別に作品を鑑賞してきましたが、今回の「echo chamber」というテーマに即して複合的にも鑑賞してみました。個々の作品のテーマとして「共通意識」というキーワードがあるように思いましたが、作品同士が合わさると、ビジュアル的にも印象が変化し、空間として提示されるものがさらに洗練されたように感じました。
「記号化された風景の断片」を背景に存在する「複数の時代を経たような匿名の人物」は、無意識下で繋がる「共通意識」の住人であるように思います。椿野さんの「untitled #4」が時空のトンネルのようにも見え、そこからこちらへ出てきた人物が菅原さんの「no name #1」であるという、ストーリーや奥行きを感じました。
「増殖し続ける記号化された風景の断片」から出てきた「匿名の人物」が、新たに対峙するのは「個人的な記憶と集団的な記憶」の境のようなプールサイド、LILY NIGHTさんの「gray space」です。美術作品を鑑賞している人物にも見え、自分も含めた「集団的な記憶」を注意深く観察する人物のようにも見えます。広大な共通意識の宇宙に飛び込もうとしているSF的な趣も感じられます。
2階
2階ではなんといっても、菅原さんのこの楕円のパイプのような作品「Infinity column」が存在感を示しています。作品配置から、複合的に鑑賞せざるを得ないです。菅原さんの額縁を象った作品「Picture #5」があるので「どこか部屋の中」という印象があります。椿野さんの「visions diagram #12」も窓のようなイメージに見えてきました。では、この楕円のパイプは、建物の配管なのか、、、?
この階の菅原さんの作品はレディメイド作品で、ダクトホース、額がそれぞれ素材として使用されています。
「visions diagram #12」- 椿野成身
外から光が降りそそぐようです。
「Picture #5」- 菅原玄奨
額縁の中には作品がないわけではなく、ちゃんと飾られているように見えます。テクスチャをグレー1色で取り出すとこうなる、ということかしら。どんな絵が飾られているのか。
EUKARYOTEさんの階段部分へ続く開口部のカーブが、菅原さんのパイプ作品「Infinity column」のカーブと重なって感じられました。椿野さんの2作品「visions diagram #10」「visions diagram #11」は、やはり室内から感じる外の光のイメージが強いですが、、、?
「visions diagram #10」- 椿野成身
「visions diagram #11」- 椿野成身
「Infinity column」- 菅原玄奨 (部分拡大)
と、まるでこの「Infinity column」という作品が建物に配管されたパイプ以上の意味がないような見方をしてきましたが、刻まれている溝は螺旋状になっていて「Infinity column」というタイトルからも、無限に続く時間の流れ、輪廻、というような意味合いがありそうです。そうすると、椿野さんの「visions diagram」シリーズが、時代を超える時の速度や、並行世界のズレを反映したノイズを含んでいるようにも感じられ、この 2階のフロア全体が時空移動装置であるようにも思えてきました。色々な時代の絵の具が混ざったから「Picture #5」の絵はグレーになったのか、なんて。
「visions diagram #10」(部分拡大)
「visions diagram #11」(部分拡大)
「Picture #5」(別角度より撮影)
3階
3階には、時代が特定できないような髪型の女性の像と、まるで月を思わせるような写真が展示されています。
「Sphere C」- LILY NIGHT
映り込みがあるので分かりづらいかもしれませんが、月のように見えていたのはスポットライトで、コンクリートの橋脚部分を照らしているようです。
「Sphere B」- LILY NIGHT
スポットライトは何を浮かび上がらせようとしているのでしょうか?
「Sphere A」- LILY NIGHT
タイトルにある「Sphere」には、球、範囲、天体という意味があります。
「no name #2」- 菅原玄奨
初めはオーソドックスな三つ編みかと思いましたが、三つ編みの先端が針のようにまとめられていて、未来的でもあります。この角度から見ると、会田誠さんの「あぜ道」を思い出す。会田誠さんの「あぜ道」は東山魁夷の「道」が参照されているそうです。続いている。
針のような三つ編みの先の影が、交差して交わっているのも示唆的です。
「Sphere E」- LILY NIGHT
暗闇に浮かぶ青白い球体、というだけで「月」を連想してしまいましたが、スポットを当てているのはまさにそういった「集団的な記憶」から呼び起こされるイメージなのではないでしょうか。
「Sphere D」- LILY NIGHT
そしてこちらは青と緑が混在しているため「地球」に見えます。道路の端に生えた草は、陸地と、海へ続く水流とを隔てる境です。「個人的な記憶」と「集団的の記憶」の境、という見方も出来そうです。
3階は、天体と少女という情景を描きつつ、「個」と「集団」の意識が交わる場所として美術作品が連綿と表現を試みてきた、というようなテーマも連想させる展示でした。
この角度から観ると、会田誠さんの「犬 (雪月花のうち月)」を想起させる、、、?
最後に 1階部分の隠れスポットの画像です。
左側の青い作品群には「Tactile」というタイトルがついています。Tactileは「触感の」という意味。手で触れた跡がありありと残り、素材を触った時の感触を視覚的に表したような作品群です。右側は「U.F.O. 」というタイトルですが、U.F.O.は「未確認飛行物体」の略語で、「未確認」なのに共通イメージが出来上がっているのが面白い現象ですね。
「Tactile #28」- 菅原玄奨
「Tactile #29」- 菅原玄奨
「Tactile #30」- 菅原玄奨
これはなんだか耳の形にも見えます。
「U.F.O.」- 菅原玄奨
帽子、にも見えてきた。U.F.O.には作品の影がないのが、実体がないものを示唆しているようで面白いです。
この展示部分は全体的に宇宙という未知の領域を感じさせる空間になっていて、「人間の意識」という「宇宙」を手探りで捕らえようとする、表現への深い探究に繋がるのかなという感想を持ちました。
作品同士を、空間も含めた視野で捉えた時に、各作家が制作テーマとしているものが相互に影響しあって、互いのテーマが強化されるだけでなく、より拓けた普遍的なテーマに発展していくのを確認出来た展示でした。エコーチェンバー現象という言葉は、どちらかというとマイナスの意味を持って使用されますが、このような反響であれば歓迎されるものと思います。会場の小さめのフロアを「チェンバー」とあえて言って複合的に鑑賞させることに成功していることも、キュレーションが成功している点ではないでしょうか?
ぜひ、足を運んでみてください。
展示風景画像:「echo chamber」
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