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【おすすめ BOOK】DEEP LOOKING

 

DEEP LOOKING

想像力を蘇らせる深い観察のガイド

 

ロジャー・マクドナルド

AIT Press

2022年

 

 


AIT (アーツイニシアティヴトウキョウ) がブックレーベルを立ち上げた

 

AITとは2001年に設立されたNPO団体です。現代アートについて学べる講座やワークショップなどを提供しており、私も過去にeラーニングや対面のMAD (Making Art Defferent) 講座を受講しました (MADは現在はTAS : Total Arts Studiesに名称変更しています) 。

 

私は早稲田大学第一文学部美術史専修を卒業しましたが、当時は現代アートの担当教授がいないということで、卒論のテーマが現代だった私は、非常勤講師の先生に卒論を担当してもらうような状況でした。なので、現代アートについての授業もほとんど無かったです。社会人になってからこのAITのプログラム「MAD」を知り、『Art Since 1900』を読みながら進むレクチャーに「私が求めていたのはこういう学習だった!」と喜んだのを覚えています。講師はこの本の著者、ロジャー・マクドナルド先生。コロナ前の2019年には対面授業、コロナ後はTASのオンラインプログラムを受講したりと、今でも学びのお世話になっています。

 

AITは講座の他にも、2003年からアーティスト・イン・レジデンスを開始しアーティストや研究者を日本に招聘する体制を整えたり、マネックスグループ株式会社が社会貢献活動の一環として実施する「ART IN THE OFFICE」の運営に協力するなど、現代アートを取り巻く日本の環境に多方面から貢献してきた団体です。そんなAITが、取り組んできた中で生まれた「知恵」を本に編集して届けるセルフ・パブリッシングプロジェクトとしてAIT Press を立ち上げました。その書籍第一弾がこの『DEEP LOOKING』です。

 

 

 

商品リンク


著者 ロジャー・マクドナルド先生について

 

この本の著者であるロジャー・マクドナルド先生についてご紹介します。東京生まれ、8歳より渡英。大学・研究センター・大学院で、国際政治学、平和学、神秘宗教学を専攻した後、ロジャー・カーディナル (敬称略) 指導のもとモダンアート絵画と神秘主義の研究で博士号を取得 (ロジャー・カーディナルはアウトサイダー・アートという英単語の生みの親であり、書籍『Outsider Art』の著者です) 。1998年に日本に戻り、2001年に仲間のキュレーターとアート・マネジャー6名でAITを設立。2001年第1回横浜トリエンナーレにてアシスタント・キュレーター、2006年のシンガポール・ビエンナーレでキュレーターを務め、2017年には東京でアウトサイダー・アートの大規模展覧会「ミュージアム・オブ・トゥギャザー」をキュレーションするなど、数々の展覧会やアートイベントにキュレーターとして携わっています。2003年から2013年までは東京近郊の美術大学で非常勤講師として教鞭をとっていましたが、2010年に居を長野県佐久市望月に移し、私設美術館「フェンバーガーハウス」を設立するなどして、現在では長野と東京を行き来し活動されています。最近では美術手帖ウェブ版に「Art and Climate NOW|気候危機とアートのいま」を連載したり、雑誌POPEYEへ寄稿などもされています。

 

サイケデリック文化、禅、シャーマニズムといった分野からモダンアートと言うと異色に聞こえるかもしれないですが、例えば、1960年代に興ったフルクサスは東洋的なアナキズムを体現していた面もあり、ナム・ジュン・パイクが「Zen for Head」(Zen は禅のこと) というパフォーマンスを1962年にフルクサス国際現代音楽祭にて行ったことなどを考えると、現代アートを紐解くためには必須とも言える研究をしてきた著者であると言えます。またアール・ブリュットやアウトサイダー・アートという、「美術教育を正規に受けていない人による芸術」「既存の美術潮流が取りこぼしてしまう表現」に私たちが目を向ける時、神秘主義の考え方は重要な根幹をなすと思っています。2022年に生誕100年を迎え、日本の美術史的にも再度注目度が高まっている松澤宥も、作家活動の初期に「オブジェを消せ」との啓示を受けていて、松澤の作品と対峙する時などは、作家の精神面に深くアクセスするような鑑賞をしないと理解が難しいのかな、と感じました。

 

実は、当サイトが主観で行なっている、アートを「見た目」で音楽ジャンル分け、というのは、「美術史等によるアカデミックな分類から離れた分類」の実践の意味もあります。ロジャー先生の考え方やアウトサイダー・アートの捉え方などに影響を受けている部分が大きいです。

 

講義を受けていて印象に残っているエピソードに、ロジャー先生はお気に入りの山水画の前で2時間過ごしてしまうという話があって、流行のサウナで言うところの「ととのう」感覚を絵画鑑賞で得ている「ヤバい人だな (良い意味です)」と思いました。1つの作品の鑑賞時間が2時間 !  もはや映画です。どうやら私の鑑賞方法は根本から何かが違うのではないかしら?

 

また、ロジャー先生は大変流暢な日本語話者でもあります。ただし日本語を書くのは苦手ということで、この本もローマ字で書いたものを日本語表記に直すという工程を経ているそうです。英語から日本語に訳したものとは違って、著者の語りかけが聞こえてくるような本書の文章は、そのようにして生まれたんですね。

 

 

 

DEEP LOOKING (深い観察) が実践できるプロトコル付き

 

 

前述の通り「ヤバい (良い意味です)」鑑賞体験を持つ著者のロジャー先生ですが、自分自身で体験してみたいですよね? (昨今のサウナブームは「ととのう」を体験したいという個々の欲求が後押ししていると推察しています) 

 

私も「ととのって」みたい! 

 

本書は5章で構成されており、1章では様々な文献や論文、歴史から、現代の私たちが忘れてしまったかもしれない「深い観察」という能力の有用性が示され、2章では6人のアーティスト (ポール・セザンヌ、パブロ・ピカソ、ディヴィッド・ホックニー、アンナ・ハルプリン、リジア・クラーク、アグネス・マーティン) が実践してきた観察の物語が語られています。

 

そして本書がより興味深いのは、実践のためのプロトコルが3章で示されていることです。紹介されているのは「第三の鳥結社」という秘密結社で行われていたとされる方法で、秘密結社と書くと「え?」となるかも知れませんが、都市伝説好きの私としては心躍る響きでもあります。プロトコルはもちろん入会しなくても実践できます (「第三の鳥結社」は古代ギリシャ時代からのグループであり、多くが謎に包まれたまますでに解散しているようです) 。紹介されている鑑賞の実践方法はとてもシンプルで、一人でも可能な方法です。本来なら複数人で行い最後に自分が感じたことを共有するというプロセスが大切なようですが、一人の場合はメモに書き出すという行為でも代替出来ます。具体的な方法はネタバレになってしまうので伏せますが、美術館に行って鑑賞している時に行ったとしてもバレないであろうプロトコルなのですぐに実践が可能です。プロトコルが記されたハガキ大の付録も本書には付属していますし、一度実践してみれば覚えていられるくらいシンプルな方法になっています。かといって、この3章だけを読めばいいかというとそういうことでもなく、単純なプロセスの中にどういう理論がが隠れているかを理解して実行したほうが確実に良いので、1章2章も熟読をおススメします。

 

 

 

鑑賞のビフォーアフター。所有している作品でやってみた。

 

こういう時に作品を所有していると自宅で実践出来るのでいいですね。

 

私がDEEP LOOKING を実践するために選んだ作品は、Ogawa Yoheiさんが息抜きとして制作されたこちらの作品 (通常の作風とは全然違います) 。

「Refresh work」とSNSで投稿されていた通り、作家が息抜きに描いたような作品。Ogawaさんの作品はこちらの記事をご参照ください→感想  Ogawa Yohei solo exhibition "KASA KASA"

 

 

通常の作風ではないこちらの作品を論じたものはおそらく無いだろうし、また作家自身も「Refresh」以外の意味をあまり込めていないのではないかと思い、選んでみました。

 

なぜこの作品を購入したかと言うと、Ogawaさんの作品の魅力は一点透視法を無視した歪な「無重力感」にある、と私は思っていて、息抜きの作品であってもその魅力ある「無重力感」が感じられた、というのと、ちょっとふざけているようなモチーフが、鑑賞しているこちら側の息抜きを促してくれるためです。

 

この感想でも私自身は十分納得しているのですが。上記をビフォーの鑑賞による感想としましょう。

 

では、DEEP LOOKINGのプロトコルを実践してみます。

 

 

実践中、、、。


 

そして感じたアフターの感想はこちら。

 

背景の刷毛目から流れが感じられる。風、水面、虹、そういったものが単純化された記号の中に潜んでいるようだ。

鳥のような、日本人なら誰もが見たことがある顔は、向かってくる流れに対して正面を向かず、目だけで前を捉えている。

それはまるで私たちが、急激に発展しつつあるテクノロジーの波に、好奇心と批判性を持ちながら流されていくようにも、また、どこか自発的に立ち向かっていくようにも見える。一面の蛍光オレンジはバーチャル空間そのもの。私がタイトルをつけるとすれば「ザ・SNS」。避けられないような大きな波にも、少しの皮肉とユーモアを持って対応していく勇気と元気をもらえる。

 

 

 

いや、自分でもびっくりしました。これは、、、めちゃめちゃ良い作品ですね! しかも制作年が2021年という、Facebookの社名がMetaに変わったり、NFTが話題になったり、Web3.0の黎明期と思える年、というのもピッタリです。

 

何に一番驚いたかというと、作品を通して自分自身が普段無意識に感じているであろうことが、深いところで発見出来ることです。私、そういうことを考えているんだな、、。

 

他の作品などでも試してみましたが、制作時点の作家の気持ち、みたいなものが突然伝わってきたりもして、展覧会場で感じたこととは全く違う角度からの感想が現れ、大変興味深いです。

 

また、DEEP LOOKINGは本物の作品を前に実践する必要はなく、複製や版画、紙の上の印刷物でも可能なのだそうです。お気に入りの画集でもすぐに実践可能ですね (本書の4章は作品図録となっています) 。

 

 

 

DEEP LOOKING の実践は芸術作品にばかり当てはめるものではない

 

この本の5章については、少しアートから離れた話題が続きます。それは気候問題です。深く考えていくとアートも環境問題と地続きであるということが示されていくのですが、普段から意識をしていないと「唐突」な印象を受けるかも知れません。ロジャー先生は2019年の講義の終盤でも気候変動の差し迫った危機について言及していていました。本書では、改めてこれは世界的な問題であるとともに一人一人の問題でもあるのだ、と啓蒙しています。「とりあえず」という対応では手遅れで、差し迫った状態も通り過ぎ、「すでに起こっていること」ということです。

 

ある意味で、目を背けたくなる事実であるし、「どう対応すべきか分からない」と思考停止になりがちな社会問題でもあると言えます。この問題を「理解し難い芸術作品」に例えても良いのかも知れません。居心地が悪くなるような「意味も何も全く分からない作品」に遭遇した経験は誰にもあるのではないでしょうか?

 

DEEP LOOKING の技術はそのような「理解し難いもの」にこそ有効です。結論を急がず、もやっとしたものを、もやっとしたまま、受け止める。その過程を経ることで、状況にただ流されるのではなく、自分の主体性を保ったまま、その状況に降伏するということが出来る。「降伏」という言葉を使いましたが本書を読むとサレンダーの和訳として出現するのでそのまま使います。何でも人間のコントロール下に置くことが良しとされてきた時代が長かったため「降伏」にマイナスイメージしか浮かばないのでしょうか? 元々、自然に対しては「降伏」する他ないのですが。

 

私はこの5章を本当に理解出来ていないのかも知れない、と思っています。その状態のまま、受け止めています。今後に続く、あまり歓迎されない環境下で生きるために、DEEP LOOKINGのプロセスを知っておくことはとても有効なことと思いました。何だか、ふわっとした感想になってしまいましたが。

 

 

 

「分からない」ことに遭遇した時に有効なスキルを知っておこう

 

何でもすぐに答えを調べられる時代だからでしょうか? すぐに何かの結論を求める場面が、自分自身も含めて本当に多くなったなぁ、と感じます。

 

不意に、幼少の頃観ていた「シャーロック・ホームズ」のような推理ドラマを思い出したのですが、名探偵と呼ばれる登場人物は、よくよく考えると視聴者も「あれ?」と気付けるような些細な違和感をそのまま忘れずにキープしていて、最終的に事件解決の重大なヒントに繋げたりします。全ての顛末を明らかにされた時、視聴者は「あー、あれ、私もちょっとヘンだなと感じてた」と思い出したりするわけです。失念するとか忘却するとか、または、こういうことだろうと思い込むのと違って、「分からない」ものを「分からない」ままにしておく「深い観察」の良い例ではないでしょうか。

 

本書で説かれているDEEP LOOKING はその歴史や有用性、実践を通して、「分からない」ことに対する私たちの異常な恐怖心を和らげてくれるものでもあります。「分からない」ことのほうが多くて当然。全てを早急に分かろうとすると重大な見落としを招いてしまいます。

 

DEEP LOOKING「深い観察」の有用性やプロセスを知っておくと、「分からない」ものに遭遇するのが逆に楽しみになるというか、どんと来いという気持ちにさせてくれます。次に作品を観に行くのも楽しみです。ぜひ、読んでみてください。

 

 

 


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