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感想 田辺美那子 個展「食べる前に相手をよく見る」

 

田辺美那子 個展

「食べる前に相手をよく見る」

 

会 期:2022年5月18日(水) - 2022年5月29日(日)

時 間:水-金 12時-19時30分 土日 12時-18時

   (最終日17時終了)

休 廊:月火 

場 所:Gallery TK2

展覧会URL:

https://www.interart7.com/田辺美那子-食べる前に相手をよく見る


 

Gallery TK2さんでは定期的に3〜4つの展覧会が同時開催されています。ということを知らずにオカダキサラさんの写真展に伺ったところ、目に飛び込んできたこちらの「肉」 が描かれた作品群に強烈に惹きつけられ、一番初めに鑑賞しました。すごい吸引力。

 

田辺美那子さんは慶應義塾大学薬学部卒業、慶應義塾大学大学院薬学研究科修了という異色の経歴の持ち主です。インスタグラムを拝見したところアーティスト活動のアカウントの他に「実生活」「自宅の様子」「路上観察」と複数のインスタグラムのアカウントがありました。某有名百貨店にアシスタントバイヤーとして勤務されていることもあり、ファッションも、マンションの一室をリノベした自宅もとてもおしゃれ、お部屋は雑誌『GINZA2022年3月号』に掲載されています。「精神を健康に保ち病を防ぐという意味で、ファッションは医療と同等の効果を持っている」とのこと。薬学部出身の田辺さんが言うと、とても説得力ありますね。

 

また、なんとなく味のある物件を探すという行為から赤瀬川原平著書『超芸術トマソン』(※) に出会い、

 

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路上にトマソンを見出した赤瀬川原平たちの、「観察力」 「発想の転換と見立て」「『こうあらねばならない』からの脱却」がとても優れていて面白いポイント

(MAJIME ZINE「路上の空論」/偏愛道vol.1 路上観察 より抜粋)

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何かを見つけて面白がって、「あ、あれに似てるよね」と共通項を見つけ出し、見立てて名前をつけて分類する、まるで帰納法のようですね。これもまた日常生活を少しだけ面白くしてくれるエッセンスになると思うのです。

 

(MAJIME ZINE「路上の空論」/偏愛道vol.1 路上観察 より抜粋)

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という、ストリートスナップにも通じる考えのもと、路上観察も続けています。

 

 

※超芸術トマソン(ちょうげいじゅつトマソン)とは、主に都市空間に見られ、不動産に付属、または一体化し、存在がまるで芸術のようでありながら、その「実用的でないこと」において芸術よりももっと芸術らしい物を指す。赤瀬川原平らの発見による。

 

 

 

そんな田辺さんの本展「食べる前に相手をよく見る」。この霜降り肉たちはなんなのか? 会場で掲示されていたステートメントを以下に全文掲載します。

 

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肉を箸でつまむ

 

うちは生協でお水やら洗剤やら、生活に必要なものを買っている。重いものは自分で持って帰るのが大変なので、届けてくれるのはとても便利だ。毎月欲しい物を頼むときにチラシを見て注文をする。注文が済むとチラシは要らなくなる。私は要らなくなったチラシを、絵を描く時にイーゼルに敷く。その時に気づいたのだが、お肉のページには、必ずと言っていいほど箸でつままれた肉の写真がのっている。どの週のチラシにも載っている。箸でつままれた肉の図像は、チラシの他にもグルメ番組など、さまざまな場面で繰り返し目にする。

なんの疑いもなく、当たり前の広告イメージだけどだと(原文ママ)感じるが、あまりにそればかりが目につきふと気づくと滑稽に見えてくる。この世の中には、箸でつままれた肉以外にも、当たり前のようで実は滑稽なことはたくさんあるのではないか、と思った。

 

また、しゃぶしゃぶの肉という図像は、つい数年前までは、おいしい、高級、ごちそうなどのポジティブな印象がほとんどだったはずだが、現在はそれ以外に、家畜の飼育環境の悪さ、屠殺の悲惨さ、畜産により排出される温室効果ガス、などネガティブな印象もついて回るようになった。

特別な日に、家族や親しい人たちとともに食する幸せの象徴とも思われた物は、ある観点からは大敵とみなされるようになった。サシの綺麗に入ったお肉が美味しいことと、環境破壊や動物虐待につながっていることは、なんとも悲しいがどちらも事実である。その事実は今も昔も変わらず存在していて、ただ詳細が段々あらわになってきたというだけの話であろう。

 

反復・常態化による思考停止、時代によって変わる価値観とその懐古。箸でつままれた肉は、そのような現代人が抱える問題を孕んでいる、と思う。

 

P.S. 私はお肉が大好きである。

 

(田辺美那子 個展「食べる前に相手をよく見る」会場掲示ステートメント)

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左:「しゃぶしゃぶ Ⅵ」

中:「しゃぶしゃぶ Ⅴ」

右:「しゃぶしゃぶ Ⅲ」

 

左:「馬刺し」

中:「猪鍋」

右:「しゃぶしゃぶ (しゃぶしゃぶ) 」


 

「しゃぶしゃぶ (あともう少し) 」

田辺さんがお肉好きなのが良く伝わってきます。そして、美味しそうに見えるベストな「つままれ具合」の肉の滑稽さが、街や自然の背景を背負うことで強調されています。

 

 

「しゃぶしゃぶ (わかってきました/わからなくなってきました) 」

森の中で見え隠れする肉。見えてきたようで、新たな疑問が浮上してくる。隠れるはずの部分が見えて、見えるはずの部分が見えない。ステートメントにあった「お肉が美味しいことと、環境破壊や動物虐待につながっていること」もそうですが、誰かに意図的に、見せる部分と見せない部分を選別され、操られるがままに形成されてしまう世論、価値観。そんなことも含んでいそうです。インスタグラムではルネ・マグリットへの言及があるので元ネタは「白紙委任状」でしょうか? 見た目的には、ゲルハルト・リヒターのAbstract Painting らしさも感じました (めっちゃ個人的な意見です。薄目で見てみてね) 。Abstract (抽象) としながらも、鑑賞者が何かの図像を呼び起こしてしまったり、「ビルケナウ」では、第二次世界大戦中のアウシュヴィッツ・ビルケナウ強制収容所で撮影された写真のイメージが絵具のレイヤーの下に存在していたりします。実体がないのに想像で生み出されてしまった事柄や、逆に抽象としてぼやかされた真実を表していると捉えられるので、この作品に重ね合わせると、私たちの「肉」に対するイメージのあやふやさ、いい加減さ、操られやすさ、などが見えてくるようです。

 

「しゃぶしゃぶ (空の肉) 」

これもマグリット感ありますね。タイトルの空 (そら) は空 (から) とも読める。生々しい霜降り肉に埋め尽くされた物事の背景から、結果として味気のない肉が生み出された、、、なんてね。

 

「しゃぶしゃぶ Ⅳ」

うーん、美味しそうな肉なのに、奥に見えるぼやけた街のせいで違和感がすごい。美味しそうってなんなのか? 霜降り肉って実はとてもグロテスクなものだった、、、。

 

上:「カメノコ」

中:「ミスジ」

下:「赤身」

 

上:「サシ

中:「サシ

下:「サシ


当サイトはアート作品を買うつもりで展覧会を観ることを推奨しているので、もちろん、作品が部屋に飾られているのを想像することもあります。お招きしたお客様に、これらの肉の作品が部屋にかかっているのを見られたら、、、ひょっとしたら猟奇的な趣味の人なのかと怖がられてしまうかもしれません笑。いやぁ、希少部位や、見事なサシの様子ばかりなのに、心外ですね。霜降り肉が「美味しそう」というのは、精肉の広告という皆が分かるお約束があってはじめて成り立つ感想なんですね。

 

 

「将来の夢」

牛さんの顔を見ると途端に罪悪感が。人間って勝手。

 

「不可視の牛」

霜降りの中に牛が、、、牛の心が、、、。


 

「静物」

静物画の題材には適さない肉というもの。生臭さが漂ってきそう、、、。

 

「しゃぶしゃぶ (兆候) 」

おお、なんの兆候だろう。煉瓦のようなブロックが肉に見え始めたのかな? しゃぶしゃぶ用の肉が美味しそうに見えなくなってきた兆候か、、、?


 

会場には、肉の他に赤瀬川原平の「模型千円札」のオマージュとして描かれた作品があります。赤瀬川は「復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)」という、千円札をルーペで観察し、200倍にして詳細に模写した作品を制作しています。本展のタイトルもここから取られたようですね。

 

「千円札の肖像Ⅲ」

赤瀬川は千円札を詳細に拡大模写したり、実物を表だけ印刷したり (通貨及証券模造取締法違反で有罪となってしまう) 、とけっこう本物に寄せた作品を作っているのですが、、、こちらは意図的にだいぶぼやかしている様子。

 

「分割された千円札の肖像」

資産分割? (破れたお札は面積が5分の2未満だと銀行券としての価値が失効となります) 。


 

クレジットカードが普及して久しく、ここ数年の間では電子マネー決済が急速に広まりました。現金を受け付けないお店もあるくらいです。私たちは、相手をよく見ず、ぼやっとしか認識できていないうちに殺してしまったのでしょうか。


 

以上、強烈なインパクト、一見ユーモラスでポップな作風の奥に深い意味を含ませている展示、という感想でした。

 

2021年にGallery Conceal Shibuyaにて開催された「イメージとことば展」に田辺さんが参加した際のインスタグラムのコメントで「私はふわっと感じたこと考えたことを、途中まで表現してハイ、あとはどうぞって観る人に投げる感じが多いのだけど、それを受け取って膨らましてくれるひとやまた投げかけてくれる人がいて、その交流が楽しくてああ描いてよかったなあと思った。」とありました。今回の展覧会も観る人それぞれの受け取り方が許容される、深読みしたい人は深読みできるし、純粋に作品のインパクトや印象でも楽しめる、そんな大らかさがあります。

 

多様性が叫ばれるようになった昨今ですが、逆に価値観は一辺倒になりがちで、危うさを感じます。「相手をよく見る」ことについて、それぞれが顧みるきっかけになるのではないでしょうか? ぜひ、「よく見に」足を運んでみてください。

 

 

展示風景画像:田辺美那子 個展「食べる前に相手をよく見る」


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