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感想 Nukeme 個展「KEY WORKER」

 

Nukeme 個展「KEY WORKER」

 

会 期:2024年1月27日(土) - 2024年2月11日(日)

時 間:土日 12:00-20:00/平日 17:00-20:00 

休 廊:水金

場 所:Ikenoue Parallel

展覧会URL:

http://www.parallel.tokyo/?p=177


 

 

下北沢駅から行ける Ikenoue Parallel (池ノ上駅からももちろん行ける) に Nukeme (ヌケメ) さんの個展「KEY WORKER」を観に行ってきました。

 

Nukeme さんの作品は、もともとSNSで色んなアートウォッチャーの人たちが UPしているのを拝見して気になっていて、2023年4月にgallery10[TOH]で開催された、二艘木洋行 × ヌケメ『Google Is Your Friend』展で置かれていた「グリッチ刺繍」に関する資料を読んだ時、ちょうど自分自身が興味を持っている「イデアに関わる部分」に突き刺さるものがあり、ちゃんと感想ブログに残しておきたいと思っていました。今回の個展でご本人とも少しお話しが出来、たいへん良い機会に恵まれました (Nukeme さんに限らず、どの作家さんとも話す時はあまり頭が働かなくなるので、ふわっとした質問しか出来ないタイプなのをどうにかしたい、、、) 。

 

 

 

※以下の資料の画像は『Google Is Your Friend』展の時のものですが、今回の「KEY WORKER」展でも会場のタブレット端末で同じものが読めるようです。

 

この「グリッチ刺繍」に関する話題だけを取り上げてもかなり色々なことが語れそうなのですが、まずは、本展「KEY WORKER」の展示作品とそのステートメントを掲載します。

 

 

 

会場に掲示されているステートメントや各作品のキャプションにもNukemeさんの作品理解が進むような丁寧なテキストが寄せられていて、鑑賞者に親切で、作家の主張が明確な展覧会だと思いました。

 

※このステートメントは本展を理解するのに重要なので以下、Nukemeさんご本人のXの投稿画像 (https://twitter.com/nukeme/status/1750536383004086338) から転載させていただきます。

 

 

 

 

以下より、本展の展示風景画像です。

 

 

 

《Key Worker - Medication》

 

《Key Worker - Medication》キャプション

 

《Key Worker - Medication》(部分拡大)

かなり崩れているけど、何のロゴか分かるようなものが複数見て取れます。

ワイリー・コヨーテと思しきキャラもいる。

キャプションを読んで改めて観てみると、真実らしきものがまるで餌のロード・ランナーのように世界を駆け巡っていて、それを求めて同じようなスピードで駆け巡るも、結局、真実を捉えることが出来ない陰謀論 = ワイリー・コヨーテ、を表しているように感じられます。


 

 

 

《Key Worker - Transportation》

 

《Key Worker - Transportation》キャプション

 

《Key Worker - Transportation》(部分拡大)

この作品にも各輸送会社のロゴが。読める、読めるぞぉ!

そして、猫ちゃん繋がりなのか、「トムとジェリー」のトムがいます。このムキムキのトムの動画を見つけたんですが、このトムは風船で筋肉を演出しているんですね。インフラという「実」を支える筋肉は社会に必要とされますが、トムよ、風船という「虚」で「実」を演出してもダメなのだよ、、、。

参考動画:WB Kids International トムとジェリー 🇯🇵 | トムは筋肉を付けたようだ…?


 

 

 

《Peace》

 

《Peace》キャプション

 

《Peace》(部分拡大)

キャプションにある言葉に納得しながら鑑賞しました。

確かに「壊れ続けている」ように見えます。


 

 

 

 

《Peace》のキャプションで対になると書かれていた《Trouble》を観るため、反対側壁に展示されている作品群に移ります。

 

 

 

 

《Trouble》

わー、"中の人" が見えちゃってるー!

 

《Trouble》キャプション

 

《Trouble》(部分拡大)

Key Worker を可視化して、その業務の維持を優先させる時代はあって当然と思いますが、とかく白か黒か、単純化させ過ぎ、分かり易くし過ぎな風潮の弊害か、何事も偏って考えてしまう罠には気をつけたいなと思っています。キャプションの通り「それが必ずしも恒久的に正しい価値観ではない、ということは常に留意しておきたい」です。中の人を常に可視化させてしまえば、カートゥーンアニメを観ても二度と笑えなくなってしまうかもしれない。

今、要介護の家族を在宅で診ている身として、いわゆるエッセンシャル・ワークがなくてはならないものと痛感しているのですが、同時に芸術や哲学、文学のような、直接何の役に立っているかが伝わりづらいものに幾度となく「救われて」います。私にとっては、どちらかしか重要じゃない、なんてことはあり得ないのです。

そんなことを考えてしまいます。


 

 

 

《Children Of Atom》

 

《Children Of Atom》キャプション

 

《Children Of Atom》(部分拡大)

アトムは怒っているようにも戦っているようにも見えます、、、。

「人類はあと何年間、地球上で繁殖する予定なのか?」

タイトルの Children が指し示す "子どもたち" の意味を考えさせられる作品です。


 

 

 

《Keep A Grip On Social Stability》

 

《Keep A Grip On Social Stability》キャプション

 

《Keep A Grip On Social Stability》(部分拡大)

チェブラーシカの壊れっぷりが激しい気がします、、、。「グリッチ刺繍」という表現を手段に、ユーモアも交えながらポップに見せていて、かつ、キャプションを読めばその内容にも納得出来て、「見てわかる」ようになっている。本展の全ての作品に言えることですが、レベルが高い、、、。


 

 

 

《The Contours of Sexual Migration》

 

《The Contours of Sexual Migration》キャプション

 

《The Contours of Sexual Migration》(部分拡大)

これもキャプションを読んでから、作品をもう一度観ると「男性と女性の間を曖昧に行き来する」という箇所と、ノイズが入ってはいるがセーラームーンの「ウラヌス」だ、「ネプチューン」だ、と分かる壊れ方の「グリッチ刺繍」という表現がハマっているように思いました。曖昧さがあってもその人。そもそも各個人がピッタリハマる分類などなかった。


 

 

 

《Healthcare Workers》

 

《Healthcare Workers》キャプション

 

《Healthcare Workers》(部分拡大)

《Peace》という作品の隣に展示されているこの作品ですが、またまたほっこりするPEANUTSのメンバーの一場面のように見えて、キャプションを読めば「トリアージ」という現実的な決定基準の話が語られています。

完璧に平和な世界などないのでしょう。


 

 

 

《Key Worker - Transportation》

 

《Key Worker - Transportation》キャプション

 

《Key Worker - Transportation》

ワークジャケットの色の意味。あまり考えたことがなかったかもしれない。Key Worker はそれだけ危険な作業も請け負っているということだと改めて意識しました。


 

 

 

《In The Name Of The Moon, I'll Punish You !》

 

《In The Name Of The Moon, I'll Punish You !》キャプション

こちらの作品は刺繍するボディの種類、サイズ、色、を選んでオーダーが可能です。詳しくは会場でご確認ください。

 

《In The Name Of The Moon, I'll Punish You !》(拡大画像)

「セーラームーンにおいては、その善悪の判断は「月」が行なっている、という神学的な解釈が前提となっており、ゆえに「月に代わっておしおき」が可能となる理屈である。」

ここの部分、ちょっとクスッとしてしまった。

いや確かに、何を根拠に善悪を判断しているのだ!と問うてしまうような、判断が難しいものがあったとして、月を引き合いに出されたら承諾せざるを得ないかもしれない笑。

そしてその月の仕置き実行代理人であるセーラームーンの輪郭が曖昧に乱れていることに納得してしまいました。


 

 

 

《WHO Occupies Health》

 

《WHO Occupies Health》(拡大画像)

※こちらの作品のキャプションは「記述中」だったのでキャプション画像はありません。

刺繍するボディの種類、サイズ、色、を選んでオーダーが可能な作品。

ファイザーとイーライリリーと読める、、、。


 

 

 

 

 

ここから先は、私個人の「イデア」への関心事の話です。

 

本記事でも「壊れている」という表現をしましたが、「グリッチ刺繍」は私たち人間からすると「壊れている」ように見えます。記事の冒頭で画像掲載させていただいた「CONCEPT」にも

 

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記憶の中にある「壊れる前の正しい状態」と「目の前にある壊れた状態」の差異を認識させます。

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とあります。

 

本展の会場で Nukeme さんが話してくださったことですが、刺繍ミシン側はこれらを正しいデータと思っている、のだそうです。「グリッチ刺繍」はバイナリデータを作者が書き換えますが、そのデータに忠実にミシンは動いているだけで、動けているということは正しいデータであり、もし、ミシンにとって壊れたデータが与えられれば動かずに止まってしまいます。

 

このことは「イデア」の話に直結していて、なぜ、私たちはミシンにとっては「正しい」はずのデータから出力されたものを「壊れている」と言えるのか。それは、元の姿を知っているから、という一見、単純な話なのですが、、、。

 

しかし、本展の Nukeme さんの作品に登場する企業ロゴを、何も見ずに思い出して描け、と言われたらおそらく全然描けないです。ルーニー・テューンズは好きだったとはいえ、正直自分でも「ワイリー・コヨーテ」の名前が良く出てきたな、みたいなところもあります。それくらい、ワーナー・ブラザースのキャラクターはどこか似てるし、そもそもアニメキャラクターは動くので、描かれる表情とか角度は無限にあるのに「あのキャラクターだ」というのが分かる最低限の何かというのが存在している、ということになります。

 

自分自身で精密に描けないのに「〇〇だ」「〇〇でない」「〇〇が壊れている」ということが言える。

 

 

 

よく「イデア」の説明でなされる例を下記に挙げると、三角形の話が出てきます。三角形のおにぎり、とか、三角形の山、と説明して通じない人はあまりいません。でも三角形って何?となってその定義を調べると

 

・同一直線上にない3点とそれらを結んでできる三つの線分からなる図形

・三角形の内角の和は180度

 

とか出てきますが、屁理屈をいうと、、、いや失礼、突き詰めると

 

・まず直線というものが存在しない。物理的な幅が生じて、拡大すれば分子の凹凸もあり、まっすぐな線というのは引けない。

・上記の通り、線には幅が存在し、凹凸もあるので内角の和は180度とはならない。

 

みたいなことになります。厳密に言うと、この世界に「本当に正しい三角形」というものは存在しない、なのに私たちは「三角形」が分かる。これは「イデア界」というところに「本当に正しい三角形」があり、それを知っているからだ、、、。

 

 

 

なるほど、それを本展の作品に当てはめて考えると

 

イデア界には、WHOやファイザーやイーライリリーやDHLやヤマト運輸の「本当に正しい」ロゴがあって、ジョンソンエンドジョンソンのロゴに使われている「本当に正しい」J の形もあって、「本当に正しい」ワイリー・コヨーテや、風船を詰めて筋肉隆々に偽装した「本当に正しい」トムもいて、それらを私たちが知っているから、なのか。色々すごいなイデア界。

 

《Key Worker - Medication》

 

《Key Worker - Transportation》

 

 

 

うーん、少し無理がありそうだけれども、全部否定出来ない気もするのですよねイデア界。少なくとも、精密に描けないものに対しても私たちが「そうである」「そうでない」などと判断出来ているという点で。

 

 

 

そんな中、私は以下のYouTube動画をたまたま観て、「この考えいいな」と思っているところです。

 

イデア論については 4:49 あたりから

さくっと観れるので全部観ても面白かったです (回し者ではありません。動画を全編観てこの記事自体が「オッカムの剃刀」とか思うのはやめてくれ💦) 。

 

この記事で使いたい部分を取り出しますと、一般的なイデア論ではない、上の動画のうp主 (GabalaboCH さん) による新しい解釈は以下です↓

 

イデアとは

 

問い続けた先にある根本的なもの (10:56 〜)

感覚によって感じるものとは違う (11:43 〜)

知識や思考によって感じるもの (11:47 〜)

知識を持った上でしか辿り着けないそのものの根本的な要素のこと (12:02 〜)

 

こっちの方が企業ロゴや特定のキャラクターについてはしっくりきます。何せ、それをあらかじめ「よく知って」いないといけないからです。

 

有名な企業ロゴやアニメキャラクターは、無意識にしても意識的にしても繰り返し目にしており、ある種の知識として脳内に蓄積されていたからこそ「そうである」「そうでない」「壊れている」などと判断が出来た。当たり前と言えば当たり前か (ここでのイデアの話自体が「オッカムの剃刀」説、再浮上💦) 。

 

 

 

いえ、もう少し考えさせてください。

 

本展のステートメントのある部分に注目すると、別の感想記事に書いた「キャラクター絵画」の話とこのイデア論が繋がってきます。

 

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企業の利益追求は、社会貢献であると同時に、抽象化された暴力でもある。

 

(Nukeme 個展「KEY WORKER」ステートメントより抜粋)

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「抽象化」、、、

 

 

 

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また作品に登場するサンプリングされたキャラクター達は、各作品の持つ物語を引用している部分もあるが、それ以上に『人間』を象徴するモチーフとして選んでいる。動物や子供といった姿形は、彼らの精神的性質を端的に現したものであり、言い換えれば、個性と呼ばれる歪さを強調したものだ。それは現実に生きる私たちと同じように、社会との摩擦で苦しむ個人そのものの姿でもある。

 

(Nukeme 個展「KEY WORKER」ステートメントより抜粋)

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別の感想記事とは、本展と同日に観た「黒﨑力斗 Solo Exhibition「PROCESS」」(会期終了) の感想記事のことですが、この中で、いわゆる「キャラクター絵画」というものを自分なりに分類しており

 

①輪郭線を壊さないように内部を色で埋めセル画の印象を持たせたままでいる表現

か、

②絵の具の滲みや掠れを活かし、かつ輪郭線や形も崩していく表現

③絵の具の特性に拠らず、輪郭線や形の崩れが主になっている表現

 

とした場合、という論を展開していたのですが、

 

最終的に、ヴォリンゲルの『抽象と感情移入 ——東洋芸術と西洋芸術——』を参考に、キャラクターの様式というのは「抽象衝動」から発せられたものであるとすると、上記の①②③を「様式」を軸に捉え直せば

 

キャラクターの様式に準じているが様式に主題があるのではなく物語や人物像を表現するのが①

キャラクターの様式そのものを主題としていて様式の解体を試みようとしているのが②③

 

のように、様式に準じているか、解体しようとしているか、の 2種類に分けることが出来ました。

     

そうした時に②や③の、「様式の解体」を試みる表現は現代ならではの特徴と捉えていて、それはどこからきたのだろう? ということが気になっていたのですが、その答えの一つが Nukemeさんのステートメントから見えたように思います。

 

 

 

Nukeme さんの作品にはすでに有名な既存のキャラクターが登場しており、この分類でいけば「②絵の具の滲みや掠れを活かし、かつ輪郭線や形も崩していく表現」に入るものと思っています (「絵の具の滲みや掠れを活かす」という絵の具の特性の部分が、デジタルデータの特性を活かした表現 = グリッチ、ということになる) 。

 

件の感想記事で引用したヴォリンゲルの『抽象と感情移入 ——東洋芸術と西洋芸術——』によれば、「抽象衝動」から発した形 (ロゴ・キャラクター等もこちらに入ると考えます) は生み出される過程で 3次元的・空間的事物をデフォルメして2次元化・平面化しています。これが様式と認識されるまでになると、元となった3次元的・空間的事物からデフォルメするという過程を経ずに、結果である平面的な形だけを模倣することで「それらしい」ものを描くことが出来る、というようなことを書きました。アニメ的な様式の要点だけを押さえれば人物デッサンから始めなくてもそれらしいものは出来てしまう、ということです。

 

 

 

それはつまり、「様式」とか「ロゴ」とか「キャラクター」として認識されるものからは「そうなるまでの過程が見えない」とも言えます。元が見えにくく、過程も見えない。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

企業の利益追求は、社会貢献であると同時に、抽象化された暴力でもある。

 

(Nukeme 個展「KEY WORKER」ステートメントより抜粋)

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ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

それは現実に生きる私たちと同じように、社会との摩擦で苦しむ個人そのものの姿でもある。

 

(Nukeme 個展「KEY WORKER」ステートメントより抜粋)

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これらが企業ロゴやキャラクターの形となって現れているのであれば「なぜそうなったのか?」を知りたい、知る必要がある。そういう潜在的な欲求が現代の作家を「様式の解体」へと向かわせるのではないか。

 

「なぜそうなったのか?」は「どうなっているのか」であり、「様式の解体」は「イデアの追究」なのです。

 

 

Nukemeさんの作品やステートメント、キャプションの言葉からは、現代社会に対する分析的な鋭い視線が感じられます。作品自体が、「グリッチ刺繍」を介した企業ロゴやキャラクターの解体、というのは必然なのかもしれません。

 

 

 

途中に挙げたGabalaboCHさんの動画の説では、プラトンは

 

十分な知を持つことで辿りつける根本要因、それこそがイデアであり、イデアを知っていくことで、人生は豊かになる、あらゆるものを楽しめる (12:39 〜)

 

と考えていたのではないか、としており、

 

Nukeme さんのステートメントの「解決のできない苦しみと諦めを抱きながら、それでもジョークで笑っていたい。」というタイトルに繋がってくるような気がしています。

 

私たちは抽象化された物事の表面だけを受け入れるのではなく、追究していくことで必ず本質 = イデアに辿り着けるのです。

 

たとえ、解決できなくても、イデアへの道が遠くても、考え続けることが人間には出来る!

 

 

 

会場の Ikenoue Parallel もとても心地よい空間でしたので、ぜひ足を運んでみてください。

 

 

 

 

 

展示風景画像:Nukeme 個展「KEY WORKER」Ikenoue Parallel, 2024


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