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感想 内山聡 個展「WORKS」

 

内山聡 個展「WORKS」

 

 

会 期:2022年8月6日(土) - 2022年8月28日(日)

時 間:平日 16時-22時 土日 13時-20時

休 廊:木  ※夏季休業 8月11日(木) - 8月18日(木)

場 所:亀戸アートセンター (KAC)

展覧会URL:

https://kac.amebaownd.com/posts/36103594?categoryIds=1764028


 

内山聡さんは1978年生まれ、多摩美術大学大学院美術研究科修了。テクノロジーの進化によりもたらされる身体の変化を追求した作品制作をされています。2009年より発表された「It’s growing up」は、毎日の日課として紙テープを淡々と巻き付けていくという作品で、日々の作業時間も規定せず、体調によっては作業しない場合もあり、全10色の紙テープの順番はランダムに決めるという、作家の恣意的要素を極力削ぎ落として制作された作品です。本展「WORKS」では、2015年から2016年の年をまたいで3ヶ月ほどかけて制作された600本の紙テープによる「It’s growing up」と、亀戸アートセンターの会場に合わせて制作された600本の紙テープによる「to turn back」をメインとした展示です (本展は当サイトで決めた目安の価格帯 50万円を超える作品もありますが、他作品もあり、レビューさせていただきます) 。

 

 

 

「It’s growing up」

大きさは170cm × 170cm 。

 

「It’s growing up」(部分拡大)

中心部分が顕著ですが、作品の重さ自体で真円ではなく歪みが生じます。

 

「It’s growing up」(部分拡大)

機械ではなく「人の手で機械的に」巻き足しているのでうねりが生じている箇所もあります。


 

「It’s growing up」(部分拡大)

テープがうねっている部分は、その時の湿度や、巻く強さなど、日々の天候や体調を反映しています。

 

「It’s growing up」(部分拡大)

最終的に裏打ちをしますが、制作時に糊を使用するのは、色の境目や誤って破ってしまった場合、巻き終わり時など、要所要所に限られています。ある程度大きくなってから、自作の装置を使って巻き足しているそうです。


 

「It’s growing up」(部分拡大)

 

「It’s growing up」


 

色彩の重なりに眩暈を覚えたり、600本という紙テープの本数や、存在自体に圧倒されたのですが、内山さんはこの「絵画」に個人的な感情、例えば「怒り」「愛と平和」などを込めているのではないと言います。淡々とした日々の作業、「誰でもできる」手法で制作されているこの絵画には、人間の意図を排して積み重ねに徹することで、意図しない部分にも変化、身体的改造、場合によっては進歩と言って良いもの、が生じるということを教えてくれているようです。

 

「It’s growing up」の特徴は、作業をすればした分だけ作品自体の大きさが変化すること =「grow」することにあると思います。

 

全く個人的なことですが、ちょうど鈴木大拙の本を読んでいたこともあって (参照記事 : 【おすすめ アート本】『はじめての大拙 鈴木大拙 自然のままに生きていく 一〇八の言葉』) 、

 

 

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なんでもない仕事、それが最も大切なのです。何か人の目を驚かす、というようなものでなくてよいのです。

(中略) 

 われわれの一生というものは、なにも目を驚かして、偉い者になろうとか、なったとかいうところにあるのでなくして、日々の仕事をやることが一番です。

 

(『はじめての大拙 鈴木大拙 自然のままに生きていく 一〇八の言葉』第四章 より抜粋)

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こうすべきだと思うことを、成績があがろうかあがるまいが努力するよりしかたがない。

 

(『はじめての大拙 鈴木大拙 自然のままに生きていく 一〇八の言葉』第四章 より抜粋)

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という言葉を当てはめてしまいました。

 

個人的な感情表現も心を打つことはありますが、この淡々とした作業の結果である本作品からは、逆説的に最もエモーショナルな印象を受けました。さらに (作品が大きくなるにつれ、変化は少ないように感じられるが) 作業を行った分だけ、確実に作品は大きくなっていく。成長している。感動的ですらあります。

 

エモーショナルな印象は私の個人的な受け取り方ですが、内山さんの作品の重要な軸としては、「テクノロジーの進化」による「人間の身体の変化」というものがあります。

 

「work」を構成する要素の関係を「painting」「technology」「body」の重なりとして示したドローイング。

 

「technology」は絵画「painting」の歴史においてはかなり影響のある「環境の変化」「外的要因」「革命」と言えるものではないでしょうか? 写真の発明、大量生産が可能なシステムの構築、インターネットによるデジタル社会の到来、3Dプリンターの登場、AI など、変化は加速しており、その度に新しく「絵画でなければ表現できないこと」を定義してきたように思います。

 

内山さんは、その「technology」による影響を受けた身体「body」の、無意識の変化を、単純な作業により浮き彫りにしようとしている、と言えます。会場には過去の「It’s growing up」を確認できるアーカイブファイルがあるのですが、実物を見ているのではないにしても2009年のもの、2012年のもの、と、本展の作品には、色の順番以外にも違いがあるように見えるのです。

 

会場にあるアーカイブファイルは必見です。


 

例えばギターを演奏するうちに、弦を抑える指の皮が硬化したり、薬指と小指が別々に動かせるように変化する、ということがあります。ジョギングをしていくうちに心肺機能が向上したり、毛細血管が増えたり、ということも環境による身体改造と言えるでしょう。「technology」の進化は私たちの身体「body」に全く変化をもたらさない、ということはないのです。ちなみにですが、紙テープといっても、作業中に指をカットすることが多いそうで、内山さんの指には「It’s growing up」制作ダコがあるのだとか。

 

また、ランダムに選ばれた紙テープの色を書き留めている (特に作品として発表する意図はない) そうで、そのようなことからも内山さんの作品制作には研究者の目線で「観察している」という側面もあるのではないかと感じました。観察ということには日数がかかります。一朝一夕ではなし得ない部分に作品タイトルの「It’s growing up」が重なります。

 

内山さんご本人が在廊されていたこともあり、以前の「It’s growing up」制作の際の色順を見せていただきました。会期初日に行われたアーティストトークでも、この色順の記録が出てきた際には会場にどよめきが起こったようです。漢字の意外さと、内山さんの研究者的側面への感嘆のようにも思います。


 

 

 

そしてもう一つの大きな作品「to turn back」がロフト部分から溢れ出しています。

 

 

上:「to turn back」 下:「It’s growing up」

線と点のような関係。

 

 

「to turn back」

 

「to turn back」(別角度より撮影)

 

この「to turn back」は、紙テープを10色各1本ずつ、順番は人の手によるランダムな選出により取り出し、それをイーゼルに引っ掛けて一気に引き出すという方法で制作されています。亀戸アートセンターさんのインスタグラム (0:37〜) で制作時の早回し映像を観ることが出来ます。

 

 

このロフト部分の面積にちょうど敷き詰められた「to turn back」の紙テープは「It’s growing up」と同じ600本です。会場の面積が違えばこのような見え方にはなり得ないことを考えると、こちらも偶発性があると言えそうです。実際、前述のアーカイブファイルにある別の会場での「to turn back」で使用した本数は違います。

 

本展では、この、同じ600本の紙テープによる、まったく違った密度を感じさせる2作品を比較して観ることが出来ます。

 

そして、ロフト部分の「to turn back」で使用した紙テープの芯が、まとめて会場に置かれているのも興味深いです。表現と言うより、事実として置かれています。

 

ご本人には直接の関連性を伺わなかったのですが、見た目からはフェリックス・ゴンザレス = トレスのキャンディの作品シリーズを思い起こさせます。キャンディは鑑賞者が持ち帰っても、食べてもよく、展示中に減っていくのですが、実はこのキャンディの重さはエイズで亡くなった恋人の体重 (作品によっては、恋人の体重 + トレスの体重) と同じ重さが積まれている、というものです。トレスのインスタレーションは開館時にはスタッフが毎回補充し、同じ重さに戻されます。

 

作品の「重さ」ということについては、内山さんの考えがあるそうで、実際のものと作品は同じ「重さ」を表している必要がある、というものです。例えば、牛を表現した作品の場合は、その作品は牛と同じ「重さ」を表す必要がある、ということです。鑑賞者が一般的に作品の色や構図などを感じ取っているのと同じような感覚で、内山さんには「重さ」というセンサーがあり、それはとても重要なことなのだと思います。

 

 

 

また、会場には本展に向けてのドローイングや、その他の作品、"WORKS" コンセプトイメージプリントなどがあります。

     

 

「Kameido Art Center での展覧会に向けてのドローイング」

 

「Kameido Art Center での展覧会に向けてのドローイング」(部分拡大)


 

「"WORKS" コンセプトイメージプリント作品」


 

「π」

こちらはマスキングテープを一周分でカットしたものを積み重ねた作品。

 

「π」(別角度より撮影)

 

「π」(部分拡大)

巻き終わりの最後のテープ長が短いというのも、リアルです。


 

会期中はコンセプトイメージのシルクスクリーンプリントも実施されています。持ち込んだシャツやエコバッグにシルクスクリーンプリント、綿素材に対応。価格は1,500円。カラーは蛍光イエローか蛍光ブルーの2色から選べます。

 

 

蛍光イエロー

 

蛍光ブルー


 



個人的にはエモーショナルに「生きること = 作品」と感じさせてくれる「絵画」でした。内山さんのアーティストトークを拝聴すると、より色々なことを考えさせられます (現時点ではインスタライブのアーカイブで視聴可能、今後、亀戸アートセンターさんのYouTubeにもUP予定あり) 。3つの死の話など、興味深い話が多いです。

 

実際に観てこそ感じることが多い展覧会でした。ぜひ、足を運んでみてください。


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