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感想 KMNR™ (カミナリ) 個展「PAUSE (ポーズ) 」

 

KMNR™ 個展「PAUSE」

 

会 期:2022年4月1日(金) - 2022年4月24日(日)

時 間:12時-19時

休 廊:月火

場 所:VOILLD

展覧会URL:

https://www.voilld.com/post/679564636895477760/kmnr2022


 

KMNR™ (カミナリ) による個展「PAUSE (ポーズ) 」がVOILLDさんにて開催されました。

 

KMNR™は、名尾手すき和紙の七代目・谷口弦さん、編集者・桜井祐さん、アートディレクター・金田遼平さんの3名からなるアーティスト・コレクティブで2020年に結成されました。さらっと書いてしまいましたが、なかなかに個性的な方達でした。本展「PAUSE」の「還魂紙 (かんこんし) を用いた関守石 (せきもりいし) の作品」について、理解を深める上でも3名それぞれの経歴が重要と思いましたので、以下、簡単に記したいと思います。

 

谷口さんが七代目を務める名尾手すき和紙は佐賀市大和町の名尾地区で受け継がれて来た和紙工房で、300年( ! )の歴史があります。原料のひとつである梶の木の栽培から一枚の紙ができるまでの全ての工程を佐賀県の名尾で行うそうです。かつてはこの地区に100軒もあった和紙工房は今や1軒になってしまったとのことで、最後の1軒だからこそ伝統を守りつつも新しいことに挑戦していくという気風もあります。谷口さんは家業を継ぐ前にアパレル販売員として2年ほど働いた経験の中で、“自身が和紙職人になる意味”について熟考する機会もあったそうです。技術を絶やさず次世代に繋げる、ということだけなら自分以外でも構わないのではないか。熟練工が抜けるタイミングで実家に戻り、しばらく技術の習得に追われる中、ある時それだけではいけない、との思いが湧き、紙にまつわる古い書物などを読み進めるうち「還魂紙」に出会います。

※「還魂紙」については後ほど。

参照:名尾手すき和紙 HP

   F.I.N.インタビュー「名尾和紙を受け継ぐ最後の工房。 7代目・谷口弦さんが後世に残したいものとは。」

 

 

桜井さんは福岡に移住後、東京在住の編集者・安東嵩史さんと共同でTISSUE Inc.を設立。運営するTISSUE PAPERSというレーベルは「「時間」や「距離」の重層性・複数性を軸として、インディペンデントに活動するアーティストとともに本やプロダクト、あるいは展示やプロジェクトを中心とした同時代的な表現と思考を立ち上げていくための単位 (TISSUE PAPERS - ABOUTより抜粋)」と位置づけられ、展示や作品集発行、企画やディレクションなどを行っています。編集者になった経緯や福岡に移住した経緯なども興味深く、子供の頃に1年住んだニュージーランドで、自身のオリジンである日本のことが何も説明できなかった経験から、大学では比較文化、日本古代の服飾史などを学び、研究者としての道を志します。しかし、あらゆる時間を研究にあてて没頭する周囲を見て「自分には情熱が足りない」ことを実感。同じくらい夢中になれること、として「本」を選んだ桜井さんは、ビジネス系雑誌の編集を経て、東京ピストル (現BAKERU) の取締役へ。東京にて話題の企画を次々と世に打ち出していきますが、組織の中では「草彅さん (東京ピストル代表・草彅洋平さん) とこ、の桜井」から抜け出せないという思いもあったそうです。そして福岡へ、先のTISSUE Inc.設立へと繋がっていきます。

参照:TISSUE PAPERS HP

   EDIT LOCALインタビュー「福岡と東京を拠点にローカルを編集する「TISSUE Inc.」」

 

金田さんは法政大学在学時に独学でデザインを始め、卒業後に渡英。渡英を決めたのは「Warp Records」というイギリスのレコードレーベルが好きというのが大きな理由だったそうですが、GAS BOOKで知りファンになったアーティスト、ウィル・スウィーニーもロンドンを拠点に活動していたことも決め手となった模様。帰国後はグルーヴィジョンズに所属。その後独立され、デザインスタジオYESを設立。広告、音楽、エディトリアル、店舗、ファッション、プロダクト、映像などグラフィックデザイン全般の制作を行う傍ら、作品制作、展覧会も行っています。

参照:YES HP

   ROOMIE インタビュー「グラフィックデザイナー金田遼平さんが「10年後も手放さないモノ」」

 

展覧会画像の前に、いつもより文の分量が多くてすみませんが今しばらくお付き合いください。このすごい経歴の3名からなるコレクティブであるKMNR™は「還魂紙」を使用した作品を制作しています。「還魂紙」とは、江戸時代以前より存在した紙で、使い古した紙を漉き直し再生した紙のことを言います。中国からきた言葉だそうで、日本に伝わった際に「還魂」という字になぞらえて魂まで還元されると捉えられました。鎌倉時代には遺灰を漉き込んだ紙のことを言ったそうですが、江戸時代には八百万の神といった思想から紙そのものにも魂があるとされ、手漉きで再生された紙を「還魂紙」と呼ぶようになったそうです。紙が辿ってきた歴史や思いが漉き込まれているという考えがとても日本的であるとも言えます。

 




 

さて、これら作品群の中で「還魂紙」が使用されているのはどの部分でしょうか?

 

 

表面を拡大。

 

ラベル?


 

もうお分かりですね。そうです。この石、のように見える部分です。

 

下の画像、青みがかったグレーの上2つは雑誌等の紙から再生されたもの、右の明るいクリーム色のものは和紙から再生、下の濃い茶はダンボールから再生したものだそうです。

丸く仕上げるか、カットしたように仕上げるか、で触り心地が違います。何よりもとても軽い!

 

そして気になるこの組紐と形状。

 


 

「関守石」がモチーフになっています。

 

「関守石」とは、千利休が始めたと伝えられている茶室の作法の一つで、客人に対し、この石が置かれた先には立ち入りをご遠慮ください、の意を示すものです。安定感のある石を棕櫚縄などで十字に組み、上に伸びた編み込み部分を持って運べるようになっています。確かに、風流な庭などを通って茶室に直接入室するようなお屋敷だと、庭でも迷うし、玄関から入ってしまいそうだし、ということで、このような目印は客人にとってもありがたいものだったかもしれません。都度「立入禁止」と告げるより、風流な趣があります。「関守石」にはこの「留め」の意味だけでなく「案内」や「空間の分節」、「遊び心」等の意味もあるとされています。

 

本展のタイトル「PAUSE」からも読み取れるように、この「関守石」を前に鑑賞者は一旦立ち止まること、立ち止まって自分の位置を確認することに思いを巡らせます。

 

ここでKMNR™の3名の各々の今に至る経緯をもう一度追ってみると、一筋縄ではいかない部分があっただろうなと想像できますし、自ら、こうあろう、こうしよう、と起こした行動の前には一度現在の自分の位置を確かめる為に立ち止まった瞬間があったと想像もできます。そのような瞬間は鑑賞者である私たちにも思い当たるところがあるのではないでしょうか。

 

積み上げた過去が年輪のように模様となって浮き上がる「還魂紙」が「関守石」となって私たちに一時停止を促している。それは決してネガティブなものではなく、よりよい未来を自ら切り拓くための大切なひと時として必要なものです。この作品の意味が共感を持って心にすっと入ってきます。

 

個人的には「石」のような作品にご縁があるのか、2021年のアーツ千代田 3331では「ポコラート世界展 偶然と、必然と、」で金崎将司さんの大理石のようなチラシの重なりに驚きましたし、同年秋のLIGHT HOUSE GALLERYさんでは山田はじめさんの個展「Lighten The Burden」でペインティングという解釈の石の立体作品について考えさせられました。

 

本展「PAUSE」はそれらとはまた違い、「還魂紙」から出来ていること、見た目にも惹かれる「関守石」という形であることに意味があります。そのコンセプトが作家の歩んできた道を想像させ、私たちの人生に寄り添う。なかなか熱いメッセージをはらむ作品群です。

 

この「関守石」には現代ならではの紐が使用されていてビニル素材のものやLANケーブルなどもありました。軽量な「還魂紙」だから可能な、石が宙に浮いたように組み込まれた盆栽のような姿は、従来の「関守石」では見られないものでしょう。

 



 

先ほども参照にあげた、F.I.N.さんのインタビュー「名尾和紙を受け継ぐ最後の工房。 7代目・谷口弦さんが後世に残したいものとは。」の中で、5年後の未来について谷口さんが回答された言葉が素敵だったので引用させていただきます。

 

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今まさに僕たちは、資本主義社会の終わりのような只中にあります。だからこそこれからは「必要でないもの」に、より価値が見出されると思います。僕の言う「必要でないもの」というのは、本来的に不必要なものではなくて、これまでは必要なものと認識されていなかったもの。それこそ、自分のルーツのような気がします。いろいろな選択肢はもう十分与えられたので、これからは、“これが僕だ” みたいなものを、それぞれが見つけていくことが大切になってくるんじゃないでしょうか。

(F.I.N.インタビュー「名尾和紙を受け継ぐ最後の工房。 7代目・谷口弦さんが後世に残したいものとは。」より抜粋)

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アートを観る、という時に、鑑賞者はそこに作者の軌跡を見て、自分自身の姿を見出します。「これが自分だ!」という作品を見つけに、ぜひ足を運んでみてください。

 

 

 

展示風景画像:KMNR™ 個展「PAUSE」


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