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感想 川上愛理 個展「動物たちの謝肉祭」

 

川上愛理 個展「動物たちの謝肉祭」

 

 

会 期:2026年4月11日(土) - 4月30日(木) 

時 間:10:30 - 18:30

休 廊:日・祝

場 所:I.F. Gallery TOKYO

展覧会URL:

https://www.ifart.sg/jp/exhibition/le-carnaval-des-animaux-the-carnival-of-the-animals

 


「ブログに感想を書いている」と言うと「どういう作品が好きですか?」と訊かれることがあります。

 

うんうん、たしかに。「普段、音楽聴いてます」「映画鑑賞が趣味です」と言われたら「どのジャンルが好きなんですか?」って訊いちゃうもん、私も。

 

で、実際どう応えたのかというと、「具象と抽象のあいだのような作品」という言い方をしがちです。

 

いやでも、、、具象と抽象のあいだってけっこうレンジが広いような気がするぞ、と自分で自分にツッコんでしまったり。

 

 

 

具象と抽象のあいだ、というのをもう少し自分の中で解像度を上げて言ってみるならば、実在する事物と作家の頭の中の想像とのブレンドということになります。おや?それほとんどの作品がそれらのブレンドなのでは?と、また自分にツッコんでしまうわけですが。

 

形と形而上のあいだにあるものを現すのが創作活動とするならば、じゃあ自分が好むものというのは、その広いグラデーションのどのあたりなのだろうか。

 

 

 

川上愛理さんの作品《Things that are born》がタイムラインに流れてきたとき、「わぁ〜、好きだぁ」と思いました。

 

 

 

《Things that are born》

 

画面の大部分を占めるかたまりは、雲のようでもあり脳のようでもあり脂肪のようでもあります。かたまりのところどころに見える細かな渦のようなものを目で追っていくと、静止しているはずの画面にぬらぬらとした蠢きを感じ、その妙な質感の中に時間を忘れてずっと漂っていたくなります。

 

この不思議なかたまりは、その存在を信じられるような生々しい質量をそなえたモノでありながら、それでもやはり「なんだかわからない」という想像の中のモノとも言えます。

 

しっかりと存在を感じながらも具体的には何であるかを示せない、というこの感覚は、作品タイトルの《Things that are born》まさしく、生命や魂を想起させます。

 

 

 

川上さんの作品はこのように、静止画でありながら蠢いているように見える「静と動」、存在するようで存在しない「実在と架空」、それらの境界をゆらゆらと揺れながら定まらない状態を、絶妙なバランスで画面に出現させたものと言えるのではないでしょうか。

 

 

 

《Carnival》

 

 

 

《山火事、夜想》

 

 

 

《egg pot》

 

 

 

《The Waltz of the Cherry Blossom Forest (I Want to See You) 》

 

 

 

《Heart place》

 

 

 

《cherry blossom snake》

 

 

 

《Hi, I'm panacea》

 

 

 

《an observer》

 

 

 

《Guardians》

 

 

 

《That bird》

 

 

 

動物の顔がかわいいのも魅力です。

 

 

 

具象と抽象とのあいだの、どのあたりが好きなのか。結局、自力で言語化できず終いですが、川上さんの作品をお借りして「このあたりが好きです!」と表明させていただきたいと思います。

 

 

 

 

 

展示風景画像:川上愛理 個展「動物たちの謝肉祭」, I.F. Gallery TOKYO, 2026


今日のBGM

 

シガー・ロス「Ára Bátur」

 

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Coachella 2026の ¥ØU$UK€ ¥UK1MAT$U をみて痺れたのですが、ラストがこの曲で余韻がよかったなぁと。

アイスランド語と音そのものに焦点を当てた言語が使われているってAIが言ってました。穏やかさと不穏さ、生と死のような真逆なものが混ざった感じ。

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