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感想 八木恵梨&山﨑愛彦「平面世界のレトリック」八木恵梨 編

 

NEWoMan YOKOHAMA × The Chain Museum

八木恵梨&山﨑愛彦 「平面世界のレトリック」

キュレーター:塚田萌菜美

 

会 期:2023年2月21日(火) - 2023年8月15日(火)

時 間:平日:11:00~20:00 土日祝:10:00~20:00

休 廊:会期中無休

場 所:NEWoMan YOKOHAMA 2F

展覧会URL:

https://www.lumine.ne.jp/lmap/post/NMA/20230306/The-Chain-Museum/

 


 

昨年 (2022年) に八木恵梨さんの個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」の感想記事を書きました。考察系感想になり、画像が1記事内の範囲を超えてしまったため前後編に分けたという、個人的にも思い出深い記事です。→ 八木恵梨 個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」前編後編

 

そんな八木さんの展示が NEWoMan YOKOHAMA 2F で鑑賞できる、ということで、これはもう感想を書くしかない、と行ってきました (実は前から通りかかっていて、必ず記事に書こうと思っていたのです) 。また「レトリック」= 修辞法 という切り口で、山﨑愛彦さんと合わせて展示されているのも「なるほど」と思った次第です (今回も長くなってしまったので山﨑愛彦さんは別記事で感想を書きます) 。

 

本記事は上述の「LIFE, SAVE, AH~ #6」からの前提を踏まえていますので、合わせてお読みいただけると幸いです。

 

八木恵梨さんは1994年生まれ。武蔵野美術大学造形学部油画科卒業、東京藝術大学大学院油画技法材料第一研究室修了、2018年より東京藝術大学・大学院博士課程油画技法材料第一研究室に在籍。四谷未確認スタジオで制作等、東京を拠点に活動されています。

 

まず技術的な話になるんですが、八木さんの作品は、テクニカルイラストレーションという「技術的な性質の情報を視覚的に伝達する技法」を取り入れており、研ぎ澄まされたシンプルな線が特徴です。例えば、電化製品の説明書のイラストなどがテクニカルイラストレーションの部類に当てはまります。機能や使用方法が見て分かる、というものです。

 

そして、水彩絵の具で描いたことのある人ならきっとこのすごさが分かってもらえると思うのですが、、、八木さんの作品は、鉛筆の消し跡がほとんど分からなく、水の溜まりで色の濃淡がついたりという部分も見当たりません。筆跡すらも、、、ほとんど見つけることが出来ない。すごい。

 

 

 

 

 

 

「On the same table cloth#1」

 

「On the same table cloth#1」(部分拡大)

水彩を用いたグラデーション、、、こんな綺麗なグラデーション!これは難易度高いはず!やばい、すごい、、、! 


 

「Lifejacket candle」

 

「Lifejacket candle」(部分拡大)

水彩を用いた表現の違い。視覚的な印象が変わりますよね。上部の「煙」感、「幻」感。水彩で描いた絵というと、この「煙の幻」部分みたいになるのが通常です。


 

描かれているモチーフについての考察は後ほどするので、まずテクニックの凄さをじっくり味わいたいと思います。

 

「Coral」

セル画かと思うほど、ムラがない。

 

「Butterfly hair clip gather」

しわを表す線や、チェックの線が交差した部分が濃くなっているところなど、見てしまう。


 

「777」

シンプルなほど粗は目立ちやすいのに、どこにも粗がない。そしてこんなシンプルな線と構図のみで、ズームアップしている感じやグラスの透明感を表現している。

 

「Parade」

狂わない遠近法。それぞれの描写も正確だし、画面からはみ出たブルーベリーやさくらんぼにも余念がない。 


 

 

 

「On the same table cloth#2」

 

「On the same table cloth#2」(部分拡大)

ムラのない塗り方なのに、立体感がある。


 

 

 

「On the same table cloth#3」

これはそろそろ、描かれているモチーフについての考察に行きたいぞ、、、。

 

 

 

本展のタイトルは「平面世界のレトリック」で八木さんと山﨑さん2人がフィーチャーされている、ということは上述の通りですが、「レトリック」= 修辞法 の文脈で言うと、八木さんの作品は隠喩に満ちている、と言えます。

 

その隠喩を解き明かす前に、ここで今一度、八木さんの作品の基本情報をおさらいしたいと思います。

 

八木さんが近年取り組んでいる「LIFE, SAVE, AH~」シリーズの経緯はこうです。泥酔した際に見た幻の男性「ライフセイバー」のことが忘れられず、その曖昧な輪郭の幻の男性を繰り返し描き、妄想的に発展させた物語を制作するうちに、八木さんの興味は幻の男性からそれに執着する自分自身へと移行していきます。結果、作品は「特定のイメージに執着、依存する人間への関心」がテーマになりました。

 

 

 

本展でも、ライフセーバーから発展して「海」というキーワードを思いながら鑑賞をすすめていったのですが、今回は直接ご本人に話を伺ったわけではないので、以下は私の勝手な考察になります。お付き合いください。

 

 

 

まず、目を引くのはチェックのテーブルクロスです。チェックと海、思い浮かんだのは「セーマンドーマン」です。

 

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海女が頭に巻く磯手拭いには、星形の印(セーマン)と格子状の印(ドーマン)が貝紫で染めたり、刺繍されている。これは、海女たちが危険から身を守るためのまじないである。陰陽道と関係するといわれ、セーマンは安倍清明、ドーマンは芦屋道満の名に由来するといわれている。

 

(日本遺産 ポータルサイト「ドーマン・セーマン」より抜粋)

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考え過ぎ、、、と思えなくもないですが、本展の作品に五芒星と格子が描かれている「Parade」という作品があるので、可能性として全くないわけじゃない、と思います。

 

 

「Parade」

 

よくよく見ると、五芒星だけでなくて四芒星もあります。

 

四芒星について調べてみると「ベツレヘムの星」という別名があり「イエス・キリストの誕生」という意味があるそうです、、、「吉兆」という見方も出来ますが、ここでキリストに登場してもらうと話がややこしくなりそうなので別角度の意味を探りたいと思います。

 

もし、五芒星と格子が「セーマンドーマン」なのであれば、四芒星についても「日本における」象徴を考えたいところです。四芒星は手裏剣に形が似ていることから、手裏剣が象徴するものを参考にすると以下の解釈が可能です。

 

・自分の権力や能力の象徴

・秘策やとっておきの何か

・「特技」「秘密兵器」「裏ワザ」

 

参考サイト

「開運夢診断」(https://w.yumeuranai.jp/dic/dic.php?cd=132169)

「夢占い診断総合サイト 暁月の解眠」(https://dream.tapask.jp/8237/)

「こまゆめ 超細かい夢占いサイト」(https://komayume.net/?p=5534)

 

 

なぜ、夢占いサイトばかりを参考にしたかと言いますと、恋に恋する女性は「見た夢の意味で恋の行方を占って一喜一憂することを、高確率でやっている」からです! 「ライフセーバー」に固執している「スイムキャップ (八木さんの作品の登場人物。「ライフセイバー」にアプローチする女性で八木さんの別人格という設定。) 」は、毎日のように夢占いで一喜一憂しているはずでは?

 

もしこの「Parade」という作品が「スイムキャップ」の深層心理を表していると見るならば、手裏剣は「ライフセーバーとの関係を自分主導で進めていきたい想い」の現れなのかもしれません。

 

 

 

では、サクランボとブルーベリーはどうなのか?

 

 

 

サクランボは、象徴として見ると宗教的には「イエス・キリストの血の象徴」とされたり、「エデンの園の果物」などの意味があるそうですが (参考サイト「ARTLOGUE 古代ローマの美食家がヨーロッパに持ち込んだ美味 サクランボ」) 、またしてもここでキリストは関係ないものと考えたほうがよさそうです。

 

モチーフの象徴を考える見方は西洋絵画、特に宗教画ではよく行われたりするのですが、ここで私は、西洋的なものやキリスト教と全く関係ない象徴学的解釈を八木さんの作品で試みようとしているわけです。

 

で、サクランボといえば「黄色いサクランボ〜🎵」じゃないですけど、少しエロティックな意味が含まれているだろうなぁ、と考えます。何度も言いますが、この作品群のテーマにあるのは「ある人物に固執して依存している女性」の姿です。

 

サクランボの花言葉は

「小さな恋人」「善良な教育」「上品」「幼い心」「あなたに真実の心を捧げる」などです (参考サイト:HORTI by Green Snap さくらんぼ(桜桃)の花言葉|花の見頃の季節や開花時期は?) 。

 

 

 

そして、ブルーベリーの花言葉は

「実りある人生」「有意義な人生」「好意」「知性」「知恵」など (参考サイト:IN NATURAL STYLE ブルーベリーの花言葉!白い花と紫の実に込められた思いとは?) がある一方で

 

「裏切り」という意味もあるそうです (参考サイト:ハッピーライフ 怖い花言葉をもつ花の一覧!死・復讐・狂気など不吉な意味がある花のまとめ) 。

 

 

 

良い意味と悪い意味に (まるで波に揺られるように) 翻弄される女心が垣間見れるようでもあります。

 

「ライフセーバー」の安全を「セーマンドーマン」で祈ることで、実際には自分の心の平安を祈っているのかもしれません。

 

 

 

「777」や「Butterfly hair clip gather」はそれぞれ、吉兆にこだわる想いと盲目的で不安定な心を表している、と見ることが出来そうです。

 

「777」

枝豆に数字が書いてあります。これが枝豆であると分かるのは「On the same table cloth#2」にも描写があるからです。

 

「On the same table cloth#2」(部分拡大)


 

枝豆の花言葉は

「必ず訪れる幸福」「親睦」です (参考サイト:GARDEN STORY 自分でも育てられる! 枝豆の基本的な特徴、育て方のポイントを紹介) 。

 

うーん、これは「スイムキャップ」が枝豆占いという占いを独自に編み出し、それはおそらく丁半博打のような要領で目を出す方法を採用しており、ラッキーの象徴である「777」が全て表を向いたら「必ず訪れる幸福」を成就させるものとして判断している、のかもしれない。

 

 

 

「Butterfly hair clip gather」

このバタフライのクリップは、「感想  八木恵梨 個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」後編」に登場する作品「hair on the sky (空の上の髪)」を思い出させます。

 

※こちら↓の作品は本展の展示作品ではありませんがご参考まで。

「hair on the sky (空の上の髪)」

以下「感想  八木恵梨 個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」後編」より抜粋

「草のイメージとも重なる髪。絡まったり切れたりします。髪や草が密集すると布のように視界を塞ぐ。

(中略)

八木さんには、同調圧力が怖いという想いがあるそうです。髪や草が密集した状態が布のように目隠しもできる圧力だとすると、髪が風になびいて隙間ができたり、草が切れたりしているのは、その圧力から脱しようとしている状態を表しているのかもしれません。」

 


 

しかし、本展の作品「Butterfly hair clip gather」のチェック柄の布は草や髪と違って隙間が出来ない。海水をいくらかき分けても、海水がまたそこを埋め尽くしてしまう様を思い浮かべました。

 

 

 

 

 

次の作品に移りたいと思います。

「Coral」

「LIFE, SAVE, AH~ #6」で珊瑚はダイアグラム (手順や事柄を図形や記号などを用いて表したもの。フローチャートなどが当てはまる) として登場していました。

今回もダイアグラムとして見ると、「スイムキャップ」の想いが成就して交際や結婚に至る道 (指輪がかかっている部分) とそうでない道が、リボンによって複雑に絡みあっているような印象を受けます。


 

「Lifejacket candle」

この作品はマッチ売りの少女が炎の中に幻を見た話を彷彿とさせるのですが、違いは、この作品では、炎が消えた後の煙の中にサンセットの風景を見ている、ということです。夢から醒めても冷めない想い? 私の前回の考察を引用すると「サンセット = 夕日が見える「黄昏」時は「誰ぞ彼」からきている言葉で顔が見えにくくなった時分を表し、別名、逢う魔が時と書くように、見えない者、妖怪、幽霊、と遭遇しそうな時と昔から言われてきた時間帯」なわけですが、この絵も、やはりどこか、まじない的なものを感じさせます。

タイトル「Lifejacket candle」のライフジャケットとは救命胴衣と言う通り、命を救う役割があるものなので、この幻がなければ生きられない、ということなのかも?


 

 

 

 

 

最後に、テクニカルイラストレーションの水彩作品として描くには、たいそう神経をすり減らしただろうなぁと思われる大きさの3作品に移りたいと思いますが、タイトルが「On the same table cloth」となっていて、ここに考察が捗る要素を見出せました。

 

同じテーブルクロスの上。何でもないタイトルのように思えますが、今までの「ライフセーバー」との物語を考慮に入れると、まるで「同じ海で繋がっているどこかに貴方がいる」という意味を含んでいる気がしてなりません。

 

私が「セーマンドーマン」の格子だと考察したチェック柄ですが、このテーブルクロス自体が「海面」の置き換えであると言えなくもないのです。

 

 

 

「On the same table cloth#1」

しっちゃかめっちゃかにひっくり返ったコーヒーカップとあり得ない曲がり方をしているスプーン。ざわつく心情を表現しているようです。

 

「On the same table cloth#1」(部分拡大)

ブルーベリーとサクランボが散乱する中、ゴールドチェーンの手のチャームが必死に求める先には

 

「On the same table cloth#1」(部分拡大)

燃えるハートが。「ライフセーバー」の心、でしょうか?

溺れているようにも見える「手」。



「On the same table cloth#1」(部分拡大)

スタンドの中、猫のあくびが描かれています。猫は、何か嫌なことがあったり、不安なことがあってストレスを感じたり、緊張している場合に気持ちを安定させようとして、あくびをすることがあるそうです (参考サイト:猫との暮らし大百科 【獣医師監修】猫の「あくび」には、ただ眠いだけじゃない理由があった!) 。

やはりこれは「スイムキャップ」の不安な乙女心の表現でしょうか。


 

 

 

「On the same table cloth#2」

 

「On the same table cloth#2」(部分拡大)

ビンの蓋に「2018.01」という日付が見えます。これは八木さんが「LIFE, SAVE, AH~」シリーズを制作し始めた日付です (参考サイト:週末の。アート 【アーティストインタビュー】#019 八木恵梨) 。

 

「On the same table cloth#2」(部分拡大)

ロブスターが性的なものの象徴であることは、サルバドール・ダリの「ロブスター・テレフォン」という作品を解説した以下のサイトにも書かれています。

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ロブスターはドローイングや絵画などさまざまな作品に現れるモチーフで女性器を象徴している。

 

ダリにとって女性器とは、性的な興奮と同時に不安を象徴するものである。

(Artpedia 【作品解説】サルバドール・ダリ「ロブスター・テレフォン」より抜粋)

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「On the same table cloth#3」

 

「On the same table cloth#3」(部分拡大)

これは「感想  八木恵梨 個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」前編」でも登場したフック船長のフックですね。この世界線ではフック船長は良い人側の勢力に属しています。

 

「On the same table cloth#3」(部分拡大)

カードには飛行機等で配られる膨張式ライフジャケットが描かれています。お姫様抱っこをされている女性のモチーフやブイなども確認出来ます。詳細は「感想  八木恵梨 個展「LIFE, SAVE, AH~ #6」後編」をご参照いただくと分かるのですが、八木さんの作品世界ではライフジャケットは「神聖な衣服」の意味があります。


 

「On the same table cloth#3」(部分拡大)

ジッポにはタコの化け物と、草のモチーフが確認出来ます。ソーサーの模様に見えていたのはチェーンとチャームでした。これらは以前の八木さんの作品にも登場するモチーフです。そしてカップの中にはうずしおが、、、?

テーブルクロスのチェック柄が海面だとすると、左下部分に急な角度がついていることから、水の流れに飲み込まれて深い海の中へと落下してしまう寸前であるようにも見えます。

 

「On the same table cloth#3」(部分拡大)

フック船長のフックにイヤフォンが絡んでいて、ライフジャケットと錨がその先にあります。やっぱりフック船長は良い人で、海のうずの中に落下してしまう「スイムキャップ」を助けてくれる存在なのかも!イヤフォンからは「ライフセーバー」との物語である「夕日の神話」が流れているかもしれない、、、!


 

 

 

以上、勝手な考察でした。一見、爽やかなテーブルクロスと美味しそうな食事の絵に見える作品群が、また違ったシーンに思えてくるのが面白かったです。会場の NEWoMan YOKOHAMA にはおしゃれなカフェやレストランがあるので、まるで女友達と食事している間にも何かにつけては「ライフセーバー」のことを思い出し、妄想的な吉凶と結びつけて心ここにあらずという状態の「スイムキャップ」が、すぐそばに、同じ建物内にいるような気がしてきました。

 

ぜひ、足を運んでみてください。そして続編の 山﨑愛彦 編もお楽しみに。

 

 

 

 

 

展示風景画像:八木恵梨&山﨑愛彦 「平面世界のレトリック」 NEWoMan YOKOHAMA, 2023


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