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感想 水谷昌人 個展「半円の蒸気」

水谷昌人 個展「半円の蒸気」

 

会 期:2023年4月8日(土) - 2023年5月13日(土)

時 間:12時-19時

休 廊:月〜木、祝

場 所:HARMAS GALLERY

展覧会URL:

http://harmas.fabre-design.com/exhibitions/current/


 

穿孔から絵の具が飛び出し、自重により下方へと垂れる途中で固まっている。

 

独自の方法で作品制作をされている水谷昌人さんの個展を拝見しに、清澄白河のHARMAS GALLERYへ行ってきました。

 

水谷さんは1990年生まれ、京都造形芸術大学大学院修了、大阪を拠点に活動をされています。冒頭に書いたように、木製パネルに開けられた多数の穴から絵の具が押し出されている作品が印象的な作家さんです。

 

 

 

「乖離 (Atomic bombings of Hiroshima) 」

本展のHARMAS GALLERYさんの展覧会ページでメインイメージとなっている作品です。

 

 

「乖離 (Atomic bombings of Hiroshima) 」(部分拡大)

奥に見える穴から絵の具が押し出されています。

 

「乖離 (Atomic bombings of Hiroshima) 」(別角度)

横から見た画像です。

 


 

周囲を囲むような雲形の部分も、後から貼ったわけではありません。まず初めに、層のように絵の具を塗り重ねてから、木製パネルの地の部分が見えるまで切り取り、木製パネルに穴を開けて絵の具を裏から押し出す、という行程がとられています。雲のような輪郭は絵の具が足されています。塗り重ねて削って足して、という行程は、絵画の制作行程として特別なことではないようにも思えます。裏から絵の具が押し出される部分が水谷さんの作品独自のもの、と言えそうですが、、、果たしてどうでしょう。

 

裏から押し出されるもの。つい今、「水谷さんの作品独自のもの」と書きましたが、絵画のように人の手によって描かれるものには、実際のところすべての作品に、そこから押し出されてくるような「何か」が存在しているように思えます。そんなことを考えながら鑑賞しました。

 

 

 

「頭部 (One month after the atomic bomb was dropped on Hiroshima.) 」

 

水谷さんは、この、裏から絵の具を押し出す方法でこれまでも作品作成をされていて、過去作品は有名絵画作品をパネルの裏に貼りその色味を押し出していたそうなのですが、本展ではタイトルにも書かれているように、広島、長崎に投下された原爆の写真が裏に貼られています。この「頭部 (One month after the atomic bomb was dropped on Hiroshima.) 」は、原爆ドームの写真が使用されています。

 

それを知った上で改めて観てみても、よく思い出される原爆ドームの写真のイメージからはかけ離れたもののように感じます。しかし、形を把握しきれなくても、裏から押し出されてくるような「何か」には、共通のものがあるのかも? 他の作品も鑑賞してみます。

 

 

 

「乖離 (Atomic bombings of Nagasaki) #2」

うーん、元ネタを知らないほうが良い鑑賞が出来るのかしら? いずれにしても、押し出された部分の絵の具の堆積に注目してしまうのは確かなようです。

 

 

 

また、これらと並んで、原爆の写真のシリーズとは少し違うような、月の写真を用いた作品もありました。

 

 

 

「月 (Back side of the Moon, 1972) 」

月の裏側、都市伝説界隈では色々と言われているトピックです。原爆と並んでいると「アメリカ」というキーワードが思い浮かびますが、都市伝説的な話はここでは掘り下げないことにします。絵の話をしましょう。

 

1972年に公開された月の裏側の写真は、私たちが見ている表側とは全く異なる印象があります。

 

 

 

色と色の組み合わせでイメージし、理解していると思っていたものは何だったのか。押し出しされた色を観てみても、原爆のキノコ雲の写真と月の裏側の写真の区別がつかないような印象を受けました。

 

 

 

そして向かいには、これらの作品から派生したと言える別の作品群が展示されています。

 

 

 

「Gray#4」

文字で書かれているのは何を表しているか分かりますか? 絵を描く人はすぐ分かるかも知れません。

 

 

 

「Gray#1」

 

 

 

「Gray#3」

 

 

 

「Gray#2」

お分かりいただけただろうか、、、? (都市伝説風ナレーション)

 

私は画材屋店員だったのですぐ分かりました (得意げ) 。

以下にカタカナ表記で書き直してみます。

 

例えば「Gray#4」は

セルリアンブルールミナスローズコバルトブルーコバルトグリーンバーントシェンナキナクリドンゴールド

 

そうです、絵の具の色の名前です。

セルリアンブルー / ルミナスローズ / コバルトブルー / コバルトグリーン / バーントシェンナ / キナクリドンゴールド

です。

 

これは、先に観た、絵の具を押し出した作品群のグレーの色に使用された絵の具の名前だそうです。グレーの色味も青み、緑み、黄み、赤みと様々なので、それぞれの割合も違います。白って200色あんねん。黒は300色あんねん。ではグレーは、、、? 少なくとも200 × 300 = 60000 色以上と、青み、緑み、黄み、赤み、、、無限にありそうですね。

 

絵の具を押し出したほうの作品群は、まず層のように絵の具を塗り重ねてから木製パネルの地の部分が見えるまで切り取る、と書きましたが、切り取った部分が「Gray」シリーズの白抜き部分のマスキングに利用されたそうです。

 

 

 

この「Gray」シリーズの作品群から思い至るのは、生成AI による絵画制作のことです。生成AI が既存の絵画を学習する時、人間とは違う見方をしているわけです。これを逆手にとって「GLAZE」というアプリでは、人間には殆ど認識されないような微小な変更を加えることで、作品をAI に学習させない方法を提供しています。→参考:GLAZE: Protecting Artists from Style Mimicry by Text-to-Image Models

 

絵の具の堆積や使用した絵の具の名称の情報で、私たちは絵画や写真の持つ「イメージ」 (あるいは "押し出されてくるような「何か」" ) を把握出来るのか? 人間には出来なくても、生成AI はそれらの情報があれば把握可能なのか? 違いがあるとしたらそれは何か? そのようなことを改めて考させられる作品群でした。

 

 

 

「Crown (Iron out Iron) #3」

 

「Crown (Iron out Iron) #3」(部分拡大)

 

「Crown (Iron out Iron) #3」(部分拡大)


 

この作品の素材は「水性樹脂 鉄粉、アイロンペイント」となっています。黒い鉄の枠のように見えるものは樹脂製、ということです。そこに鉄粉やアイロンペイント (錆びたように見せることが出来る塗料、DIYなどで使用される) で質感を出しています。水性樹脂は絵の具にも使われる素材なので、素材のことだけで語れば、これは支持体が無くて描画材のみで構成された作品、という見方も出来そうです。絵の具の固まり、という見方です。私たちが「絵画だ」と言っているもの、そこから「感じ取っているもの」とは何なんだろうという疑問が浮かんできました。結局は、そこに「描かれた」(と思っている) 「イメージ」を言っているに過ぎないのかなぁ。

 

先ほど話題にした AI にもう一度登場してもらうと、例えば、3D プリンタで凹凸をつけた樹脂に AI で生成した絵をプリントすれば、生成AI からでも絵筆で描いたような凹凸を表面にもった作品を制作することが出来ます。素材の面でもアクリル絵の具で描かれた絵画とさほど違いはないものが出来ると思います。仮に、機械が成分分析をしても大差ないものが出来たとしましょう。

 

しかしどうも、今の段階では、私は「3D プリンタで凹凸をつけた樹脂に AI で生成した絵をプリントしたもの」と「人間が絵筆を使って描いたもの」との間には大きな隔たりがあるように思ってしまいます。人間が描いたもののほうに「重み」を感じる自信があります。

 

では重要なのは素材ではなく「重み」の「イメージ」なのか。重みのイメージとは何なのか。それは個々人が持っている「妄想」と大差ないのではないか。だから絵画鑑賞で得られる感想は「極めて個人的なもの」になるのかしら。

 

 

 

 

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半円の蒸気

 

始めは合理的で倫理的に正しそうな思想であっても極端に偏ったことで昨今の

殺人、犯罪、戦争、格差、貧困、環境問題などに沸き出てているようだ。

 

一次元的なイメージが脱構築しないまま突き進むとどのような現象が起こるのか。

あらゆることは二項対立している。

片方の主義主張が極端に傾倒すると全く反対の概念が計らずとも噴出する。

 

自分自身が10年以上患っている双極性障害(俗に躁鬱病)という病気ないしは元々備わっていた身体感覚

(どちらが先かはもはやわからない)によって、いつもより頭が回り活動的になればなるほど明日なのか来月なのか

反動で鬱になる。もし同じことを歴史や人類規模に置き換えれば数十年後か何百年後にそれはなる。

 

社会と自分自身を重ね合わせた上でそのプロセスが私にとってのリアリティであり作品に反映している。

 

水谷昌人

(HARMAS GALLERY Exhibitions ページ より抜粋)

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私のことで恐縮ですが、6、7年に一度のペースでメンタルクリニックのお世話になっています。そのくらいのサイクルで少しメンタルが不調になるんです。今の治療法として「認知行動療法」というのがありまして、自動的に思考してしまうおかしな癖を少し見直してみましょうってことを試みたりします。メンタル不調の時は少しのことでも大きな意味を持っているように感じがちなのです。

 

 

 

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認知療法の基礎にある認知モデルは、認知と感情・行動との関連についてこう考えます。「ある個人の感情と行動は,その人が自分のまわりで起こる出来事をどう考えるか(認知)によって規定される」。認知療法で重視される認知は自動思考とスキーマです。自動思考は、何らかのきっかけがあるとそれに伴って自動的・習慣的に、意図せず脳裏に浮かぶ思考やイメージのことです。スキーマあるいは信念は過去の経験から形成され、恒常的で、個人に特異的な認知です。

 

認知療法研究所 認知療法 cognitive therapy CT より抜粋

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「何らかのきっかけがあるとそれに伴って自動的・習慣的に、意図せず脳裏に浮かぶ思考やイメージ」(上記より抜粋) 。うーん、芸術の鑑賞で起こっていることと、心の問題には実は共通点があるような気がしてきました。心の不調は人間の証なわけで、AI が「悩む」なんてことが皆無ならば、AI が作品を観て感動することもないでしょう。しかし、私たちの認知は時として極端な方向へ偏ってしまうものでもあります。私たちの鑑賞行為から得られる「感想」って、奇妙でもあるし、貴重でもあるし、危険でもあるんですね。

 

     

 

色々な思考が可能な展示ですが、考えなくても「感じる」ものがあると思います。

ぜひ、足を運んでみてください。

 

 

 

 

 

展示風景画像:水谷昌人 個展「半円の蒸気」 @HARMAS GALLERY 2023


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