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感想 高嶋晋一+中川周 個展「経験不問」

 

高嶋晋一+中川周 個展「経験不問」

 

会 期:2022年9月3日(土) - 2022年10月2日(日)

時 間:木金土 13時-19時 日 13時-17時 

休 廊:月火水

場 所:Sprout Curation

助 成:公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京

機材協力:Takuro Someya Contemporary Art

展覧会URL:

https://sprout-curation.com/exhibitions/3834

 


 

この記事からタイトルに「感想」とつけることにしました。過去記事も併せてタイトルを「レビュー」から「感想」に変更したのでどの時点からそうなったのか備忘的に記しておきたいのと、本展覧会タイトルの「経験不問」についてリンクして考えることが出来そうだと思ったため、冒頭で「レビュー」と「感想」の違いについて簡単に触れたいと思います。

 

「レビュー」は「批評」という意味合いが強く、「批評」と「感想」の違いは色々あるにしてもまず前提条件として「客観性が担保されているかどうか」にあります。自分の意見を述べる時、その考えを裏付けてくれるような文献、資料などを明示することが「批評」には必須です。それらがなく、自分の主観だけで書かれたものは「感想」になります。

 

 

「美術館で鑑賞者が各作品に向き合う時間は短いと思う」という書き方は感想です。

 

「美術館で鑑賞者が各作品に向き合う時間は平均30秒程度である。Lisa F. Smith と Jeffrey K. Smithが2001年にメトロポリタン美術館で実施した調査によれば平均27.2秒。2016年にシカゴ美術館で実施された調査によれば28.63秒。→ソース記事のリンク」という文章であれば、客観性がある程度担保されます (リンクで示したソース記事がweb記事なので実はまだ不十分、、。本来なら一次情報を明記しなければならない。他の国での調査結果も欲しいところ) 。

 

 

ただし、昨今ではAmazonに代表されるECサイトで一般購入者による「カスタマーレビュー」の需要が高まり、書籍や映画の「感想」も「レビュー」とする風潮があります。weblioの実用日本語表現辞典の「レビュー」の項目は「一度決められた物事を、改めて調査したり検討したりすること。現在は、批評や評論という意味合いで使用されることが多い。また、商品や作品などについて、評価を付けたり感想を述べたりすることを「レビューする」と表現する。」となっています。

 

そのようなわけで、「感想」の意味合いで記事タイトルに「レビュー」を用いていたわけですが、美術の世界では客観性を担保した「批評」がちゃんと存在しており、いらぬ誤解を招く可能性を考慮して、正しく「感想」と記すことにしました。

 

では「感想」なら何でもいいか、と言うと、何でもいいとは思いますが、ただの一般人の「感想」を読みたい人がどれだけいるのか? 需要はあるのか? という疑問が浮上してきます。著名人の日常なら観てみたいけど、一般人の日常は何か特別な魅力がないと観たいとは思わない、のと一緒です。

 

 

本展タイトルの「経験不問」についてSprout Curation exhibitions ページには

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「経験不問」という用語は求人広告のクリシェで、「特殊な技能はいらない、習わずともすぐに誰にでもできる」という意味で「経験を問わない」ことですが、彼らはそこに、「特殊な制約とそこからの試行の蓄積を経なければ、誰であれ至ることが困難である」という意味で「経験を問えない」という、相反するニュアンスも込めています。

 

Sprout Curation exhibitions ページ より抜粋

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とあり、また同ページにリンクされているinvitation PDF には

 

 

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私たちは、映像と経験の関係を問い直すことを試みたい。扱いたいのはとりわけ、どうやっても誰にとってもいわば「経験不問」でしかないような領域である (中略) 求人広告で「経験不問」と掲げる者は、経験とは何かを知っているとみなしうる。だからこそ経験がない者を求め、経験を積むことを促すことができる。けれど私たちの場合は、何の経験を有しているがゆえに「経験不問」と掲げたのか、実のところ定かではない。

 

高嶋晋一+中川周 経験不問」invitation PDF より抜粋

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とあります。

 

 

仮に、この「感想を書く」ということを誰かにやって欲しくなって求人広告を出すとしたら、「経験を問わない」としてしまいそうだけれども「経験を問えない」でもあるよなぁと、つくづく思った次第です。実際には適性がものをいうとも言えるし、具体例をひねり出して「読みたいと思ってもらえる感想をブラッシュアップしていく経験」が必要、と定義してみたとしても、特殊な感性を持っていたならそれだけでOKだったりする場合もある。これは「批評」の書き手を求めるよりもふわっとしていて経験を問えない、、、。

 

 

本題に戻ります。

 

高嶋晋一+中川周 というユニットは、パフォーマンス作品などを手がけ執筆活動も行う美術作家の高嶋さん(1978年生まれ)と、博物資料やプロダクツの撮影に携わる写真家・映像作家の中川さん(1980年生まれ)からなるユニットで、2014年より共同で映像制作を開始されています。画面内にはその姿を捉えることのないカメラというものの運動性を基軸とし、運動視差を利用した測量にも似た手法で、人間不在の世界を描き出すのが特徴です。2022年からは、映像が前提とする諸条件を問い直すためのより包括的なプロジェクトとして、研究会の実施を含めた活動を展開。プロジェクトは1.「経験不問」、2.「映像なしの映像経験」と名づけられた二軸から構成されていて、本展では1の「経験不問」を冠した経過報告となる新作が発表されています。

 

前述のinvitation PDFには「映像が前提とする諸条件」「映像の特質」が分かりやすく説かれていて一読をおすすめします。ですが、こちらを読まずにいきなり鑑賞し、後からじっくり読んでもストンと腑に落ちるのでご安心ください。いや、むしろ、何も頭に入れずに観たほうが「経験不問」というシチュエーションをより実感出来るかと思います。

 

 

難しく聞こえるかもしれないですが、とにかく観てほしいです。私は何も頭に入れず、完全に未経験者として作品を鑑賞したのですが、会場入ってすぐの1作品目「No Experience Necessary #2」では、当初、不安になるほどの居心地の悪さを感じていたのも束の間、ある瞬間から何かが掴めて (この掴めたという感覚は作家の意図していることが正確に掴めたというのではなく、この作品の楽しみ方が掴めたということです) 、2作目「No Experience Necessary #1」で「どこで来る? おお、そう来たか」となり、3作目「Blank Firing」ではすっかり作品の虜になっておりました。

 

静止画では絶対分かるまい、、、。

 

 

内容を文章でネタバレするのは野暮だし楽しさ激減になるのでいたしません。ですが、これではあまりにも情報が少なすぎるので、私の抱いた感想を記しておきますと

 

この感覚は何かに似ている、、、東京ディズニーシーのアトラクション、センター・オブ・ジ・アースに乗った時の感覚だ!

これはひょっとしたらビックバンを模している? いや、ブラックホールに飲み込まれた時か?

地球の歴史を観ているのかもしれない。

これずっと観てると瞑想状態になる。

どうやって撮っているのかな。

 

 

以上です。何のレコメンドにもなってないと思いますがいいんです。感想です。

 

invitation PDFのステートメントにある通り「内的要因ではなく外的要因によって視点が定ま」った状態で「今のこの現われを担っているものが何であるのかを知らずに、かつ、知らない何かをあたかも「何か」としてならわかっているかのように見続けることができるということ」という映像の性質を身をもって経験することが出来ました。

 

楽しかったです。

 

 

最後に今一度、抜粋させていただくと

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気になるものは見続けて、気にならないものを見続けないのは、経験豊富な方々に任せておけばよい。

 

高嶋晋一+中川周 経験不問」invitation PDF より抜粋

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当サイトの話に戻して恐縮ですが、さほど気にならない「感想」も、見続けていくと何かの「経験」になるかもしれません。

 

 

細けぇこたぁいいんだよ。身一つでぜひ足を運んでみてください。もちろん「経験不問」です。

 

 

展示風景画像:高嶋晋一+中川周 個展「経験不問」


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